ぼくはギターのチューナーも音叉も持っていないし絶対音感というの持ってない。でもチューニングはできます。ピッチが判明しているCDに合わせるとよいです。
あるいは、電話の受話器を持ち上げた時に鳴る音プーっていうあれはGの音ですから、そこに第三弦のGの2倍の倍音(ハーモニクス?)を重ねると分かりやすいです。ピッチが微妙にずれている場合、音は波ですからモアレが生じます。山と谷ができるわけです。それが無くなる位置がぴったり同じピッチだというわけです。それぞれを耳で聞いて合わせているわけではないのです。そのモアレで遊ぶのもなかなかに楽しいものです。機械のチューナーを使っていたら気が付かなかったかもしれないな。
美術に興味を持ったことがない人がいるんです。ぼくが何かに無関心なのと同様に、その人にとっては自分が美術に無関心だという事にすら気が付かないのだろうな。たとえば、ぼくは何に無関心なんだろう?と考えてみても無関心だから思いつかない。思いつくということは、少しは関心があるということですよね。あるいは、「関心がある」という表現が適切ではないのかもしれません。
きょうは雨が降っています。雨は空から降ってきます。空に浮いている雲から落ちて。
雲は海の水が暖められて、出来ているのかな。海の水はなんで塩辛いんだろう。魚は、いつも塩っぱく感じているのだろうか。浸透圧で干からびてしまわないのは魚の血も塩なのか。でもしょっぱい鮭としょっぱくない鮭がいるのはなんでですか?まさか川でつかまえた鮭と海でつかまえた鮭なのかな!! おおお、そんな気がする。
2007年5月25日金曜日
電話のG
2007年5月23日水曜日
そらまめ
そらまめを剥いたことありますか?
そらまめを剥くのは、なにか動物の背中に切れ目を入れてぱっくりと割るような感じです。動物をぱっくりと割ったことはないけれど、きっとそんな感じだろうなと思わせる感触なのです。1番目の皮は厚くて内側に毛がはえてる。(毛という言葉は時に残酷だ)
たまに未熟児の豆が入っています。それは、妊娠した豚を殺して胎児たちを並べたという小説(ゲルマニウムの夜)を思い出させた。未熟児の豆はたまに茶色いです。
2番目の皮をまとったそらまめは、くちびるがついてる。だから顔みたいだな。いつか目を描いてみようと思ったけれど、唇だけのそらまめより美しい造形ができない。宇宙というデザイナーにはかなわないのかもしれない。
そういう意味でぼくが作るものは宇宙が作るものだ。ふむふむ、なるほど。そう考えると、ぼくに出来ることはなにもなくて、宇宙に組みこまれて作らされているだけなのです。なーんだ。だから素敵なものができるのか。なるほど。 あ、いま何かを理解したような気がした。
2007年5月21日月曜日
オオカミは死んだ


そういえばこないだキボリオンヌスケッチ大会をしました! 多摩動物園で。
まゆちゃんこばやしくんありがとうでした。
大満足です!
だって、オランウータンにぼくの絵をみてもらいました。
彼は、ぼくが描いていると、こっちへ来てぼくの手元とぼくの顔を交互に見ていました。雨が降ってくるまでずっと見ていました。彼の目は人間と同じです。哲学的な雰囲気の方でした。またお会いしたいなと思います。
それから、そのへんに生えてる雑草をキリンに食べさせました。したべろが長くてぐるぐるしました。
それからちょうちょをたくさん見ました。
それから山羊の頭はなんか湿っぽい。つのをつかむといやがります。
上野動物園のオオカミは死んだので多摩のオオカミに期待したのですが、それらは犬のようだった。上野のオオカミはもっとオオカミだったから残念だ。
あーおもしろかった。
次ぎはどこに行こうかなー。
それからもぐらもみました。
あとアリもすてきです。でっかい生きた巣が展示されています。アリ好きにはたまりません。
もぐらの巣もちかいものがありました。パイプでケース間が繋がっていて、そこをもぐらが歩きます。背伸びすると触れます。パイプは網状なのでした。
それからそれから、いつも道場に来て頂いてありがとう。おかげさまでやっていけます。
それからそれから、EARでCDをかけたし、ギターも弾かせてもらいました。来てくれてありがとう。呼んでくれてありがとう。マイクが使えることが分かったので、次ぎもなにか出来ると良いです。クラシック音楽が意外なほど喜んでもらえてうれしいです。テレビのおかげなのかもしれません。なんかそういう番組があったらしい。いつもNKHでやってるのにね。
NHK・FMはすばらしいです。たまに現代音楽特集とかいって、かなりマニアックな現代音楽を、あたりまえのことのように流しています。もっと、日のあたらない場所に日をあてて、ぼくに教えてほしいです。
あと、ローデリウスをHMVでさがしたけど見つからない。フュージョンではないのかな。あと、トウキョウザビヌルバッハはやっぱりスゴイ。CDやレコードを誰かがかけていて、このサックスは誰ですかと訊くと、だいたいいつもきくちなるよしだ。気になるかっこ良さだ。
あとクリンペライもどこに置いてあるのかわからない。あるいはザビエルもしくはジャニスだけなのか。
ぼくはいったいどこに行って何をするのだろう。わくわくするね。
なにかを考えるということは、なにか以外を考えないということだ。ということは、なにも考えないということは、すべてをいっぺんに考えているのかな。ということは、なにかを考えるよりも、なにも考えないほうが優れている。ということを考えているぼくは、なにも考えないよりも劣っている。だから、ねんどで遊ぶ時はなんにも考えないほうがおもしろい物ができるのか。なるほどねー。
ぼくは、若い頃は主義主張を持つべきだと思っていた。それが、独立した人格として必要で重要なことだと思ったんです。ところが最近は、「主義主張は持つべきではない」という主義です。
(・_・)ビヨーン。
2007年5月19日土曜日
ヨロームトロフィ
もしもあなたが、木登り。
みみずくの耳にミミズがくっついたならば、木登り。
耳の穴にも、遠足。
缶と缶。
水平に張られた、木登り。
性欲、性欲、遠足。
ニスを塗ったベンチが、木登り。
腐る時に、さばが聞こえる。
木登り的人間関係性が、水平に張られた缶と缶ならば、遠足。
さばが、走る。
ぶよぶよした三つの遠足。
岩を横にして、ニスを塗った性欲が缶と缶。
水平に張られた体の穴にも、木登り。
走るベンチが性欲ならば、聞こえる刀。
2007年5月17日木曜日
道場 EAR 展示会場
■5月18日(金曜日)20時~22時半 イシボリオット大会!
■5月19日(土曜日)20時~22時半 ねんどで遊ぼう大会!
■5月19日(土曜日)深夜あるいは翌朝 EARでぼくの好きなCDをかけます。ギターを弾くかもしれません、マイクがうまく使えれば。
■5月27日(日曜日)ギャラリーモンドに居ます。
・各道場の詳細
・EARの地図
・ギャラリーモンド企画のグループ展
期間 5月15(火)~5月28日(月)
11時~18時
場所 国立市東2-25-24-2F
(国立駅南口徒歩10分火水土ひすいどう2階)
内容 20人くらいのグループ展です
ぼくは紙に鉛筆で人を描いた絵を20点以上です
2007年5月16日水曜日
可能な不在証明
以前に『もしかして、「~を証明する」というのは、「~はもっともらしき仮説なので便宜上事実として扱う」と同じ意味なのかもしれないです。』と書きました。
物理的に確認不可能な可能性については、「可能性は無い」と仮定しても、物理的な違いは無いし、その可能性について調査や考察するエネルギーと時間を節約できます。だからなのか、そうだからというわけではないのか知らないけれど「可能性は無い」という仮定は、証明された事実として扱われることがあるようです。
なんて現実的なのでしょう!
それを聞いたときかなり衝撃でした。
知り得る範囲には限界があります。その外の事に時間とエネルギーと使うことには価値が無いのです。
おそらく知り得る範囲というのを、論理的に導ける範囲と捉えるか、物理的に知覚できる範囲と捉えるかの違いはありそうです。
あるいは神秘主義者は、「だれでも宇宙のすべてを知覚できる」と言うかもしれません。
おもしろいねー。
(。人。)オッパイマン!!!
2007年5月14日月曜日
描いた絵の線とサインの字の線
線はそれを引いた人のいろんなものを表わします。
絵の線よりもサインの線がのびのびと気持ちの良い線を引いてる人をよくみかけます。ぼくはそれはいやだな。サインの線と絵の線が一致してきたら、それは絵もうまくいったと思っていい。自分の過去の絵を見返していてそう思った。はじめて言葉で表わせる基準を見つけた気がする。おめでとうぼく。