2014年1月23日木曜日

哲学に関すること2

論理とはなんなんだろう。って考え始めたときにあああ。言葉になりません。全部。そう、全部です。って思った。

唯一の疑えない真実「無ではない」があって、その他の真実がある場合と無い場合がある。真実は「無ではない」のみの場合それは真理と呼んでもいいしおもいきって「世界の真理」と呼んでもいいはずだ。その場合「世界の真理」は日本語五文字で表せることになっておもしろい。でも違う気がする。これは論理的に導くんじゃなくて直感。ぼくはこの状況で直感を採用してみる。なぜなら「無ではない」の外に出るには論理では不可能だ。というようなことを、世界を自転車で旅行中の浅地にメールで相談したらぼくはどうやら論理を知らないようだ。そこはちょっとめんどくさいけどべんきょしてみるかな。まあ今はいいや。書いとく。論理には矛盾が無いことを論理的に証明できないことが論理的に証明されているらしい。すげえ。ゲーデルショックなう。まあいい。そうだ、ぼくは世界の真理を知りたい。それで論理はそっちに連れて行ってくれそうだったけど違うっぽい。けど本質的に論理の外には出れないようだ。ゲーデルの証明はそういうふうに解釈できそうだ、ということがわかってきた。で、なんだっけ。A=BかつB=CならA=cじゃん。これって人間だけのことじゃなくて、もう存在するって直球でそういうことじゃないですか?だから論理って人間とか宇宙とかより先に有る。違う。人間とか宇宙は物っぽいけど論理は物じゃない。斧かもしれない。そんな気がしてきた。

追記:論理には少なくとも二種類ある。正しい論理と間違った論理である。

2014年1月22日水曜日

哲学に関すること

ぼくが哲学という言葉で思い浮かべるのはなんらかの疑問を論理的に解読していくことだ。論理には人情や優しさは含まれない。数学みたいな処理があるだけだ。ぼくはそういう哲学しか知らなかったのだが世の中には、哲学とは生活の悩みを解決するもの、と思っている人がいるらしいことを知った。哲学という語に与える意味がぼくとは違う人がけっこうたくさんいるようだ。生活の悩みの解決を(ぼくにとっての)哲学に求めることはできない(できるかもしれない)。それは友達かカウンセラーに相談するべきだと思う。

話しは変わるが論理の信用性が薄れてきた。
ぼくは知覚は真実を捉えていないと思っていて、つまりあらゆる物の存在は疑わしいという立場なのだが、自意識とか精神活動というべきかなんと呼んでもいいんだけど、そういうのがあるっていうことは、主語なしの「無ではない」は疑えない事実だ、という事の証拠だ。そして唯一の疑えない事実だ、つまり真実だ。そしてそれ以上どこへも議論は行かない。ということを論理的に導いてみたつもりで何年かが過ぎてきたんだけど、最近それを導いた論理そのものを疑わずに受け入れていたことに気がついて愕然とした。あらゆる物の存在を疑ってみたのにどうして論理は疑わないんだろう。それはおかしい。そうすると「無ではない」も怪しくなってきた。なので今もっとも気になるのは論理ってなんだろうって言う事です。これはぼく一人では一歩も先に進めなさそうな気がする。考えがまとまったらブログに書きます。いや、でも無ではないだろう?

2014年1月20日月曜日

読書感想文 アフターダーク

村上春樹という小説家のアフターダークという小説を読んだ。
すべての登場人物が三人称で描かれているのはぼくの知ってる春樹的ではない。
淡々としてよかった。
初めて村上春樹を読むならこれじゃない、とも思った。
彼の短編を強く勧めたい。

2014年1月17日金曜日

写真とそのタイトルに関すること

 写真や映像の素人表現者はずるい。安全な高いところから搾取しているだけだ。いきなり他人にカメラを向けてなんかさせたり、しゃべらせたりした映像を後で安全な別の場所で組み合わせて作品をつくる。被写体になる人物は何かを命がけで表現していてそれをカメラに向けさせられたり作っているところを撮られたリする。つまり被写体はリスクを持ってむき出しの自分を提供するのに対してそれを撮る人は撮る時点ではむき出しの感性を被写体に提供しないのがずるい。リスクの交換がないということかな。ごくまれに「写真を撮ってあげる」という感性の持ち主もいる。もってのほかだ、意味が分からない。一瞥して結構ですと断る。
そういう意味で盗撮写真が好きではない。町中で他人の姿をかってに撮って漢字二文字のタイトルを付けてSNSに載せたりしてるのは典型的な搾取に感じてしまう。その際、望遠だと罪が重い。広角で或る距離まで寄って目線があれば無罪だ。或る距離というのは被写体が殴ろうと思えばすぐに殴れる距離のことだ。そういう写真には作者のリスクと意思を感じて好感が持てることが多い。

タイトルについて。作品のタイトルは作品の感想や描かれているそのもの自体の名前であってはならない。タイトルを付けるのであれば、作品とタイトルとでひとつの世界を成すべきだ。新宿の街の一角を撮った写真に東京というタイトルをつけてはいけない。それは説明ですらない。東京をえがききった作品には東京というタイトルをつけてもいいかもしれないが。しかし、もしも新宿の街の一角を撮った写真が東京をえがききっているならば、或いはそれが東京というタイトルと響きあって一つの世界を成すのであればタイトルはそれでいい。素人はとにかく漢字二文字のタイトルから脱却することを第一歩に精進して発表してほしい。そのほうが世に面白みが増える。増やしてください。写真は普通にいいのに言葉で違うなあって思ってしまって残念なことがあまりにも多い。タイトルを作るのってそんなに難しいことだろうか。

早起きして散歩した。

2014年1月15日水曜日

2014年1月14日火曜日

中休み

開催中の個展は1月14日現在、中休みです。
次は18日(土曜日)です。
開催日が連続してはいないのでサイトで詳細を読んでお越し下さい。
やはりというか、値段に関係なく良い絵から先に売れているので早めのお越しをおすすめします。

2014年1月7日火曜日

額装とかキャプション


個展のために額装したりキャプションやタイトルを考えている。
苦手な作業だ。セルフプロモーションできる人しか画家としてやってけないんだろうか。
マネージャーいつでも募集してます。ぼくの絵を売ってきてください。義務と権利は要相談。
というスタイルでしかできない気がする。

2014年1月3日金曜日

月替わり俺美術館

高円寺にあるハチマクラという紙屋さんで月替わり俺美術館というのをやっています。

今月の絵は、2012年に描いたキャスリンハムーの肖像です。
キャスリンの写真と詩の本が来年オーストラリアで出版されます。ぼくとしまやん(嫁)についての詩もあるらしい。たのしみです。

お店の営業は1月8日から。ハチだから。
近くに行ったらぜひ立ち寄ってみてください。

*月替わり俺美術館は毎月入れ替える一点のみの展示です。
*ウェブで画像を見ただけで絵をみたつもりにならないよう気をつけてください。それはタイトルを見ただけで本を読んだつもりになってしまうことと似ています。
ハチマクラ http://hachimakura.com/

映画感想文 ゼログラビティ

どこかでみたようなプロットばかりだった。古い映画のリメイクなのかな。でも好きな役者さんたちなので許せた。