俺草案1
96条も9条は改正しないまま自衛隊も保持。そして9条を盾にして自衛隊は前線には立たない。侵略に対して自衛隊が動きやすい法律を9条に違憲のまま通す。徴兵制は無し。現行のように希望者で国境を守る。希望者が居なければ日本はいずれ他国の一部になる事を受け入れる。その前に、中国になるかアメリカになるかを国民に選ばせる。中国が選ばれればまずは国内からアメリカ軍の基地を排除。アメリカが選ばれれば基地を増やしTPPに全面参加。
俺草案2
96条を改正しないまま国民投票により9条を改正し自衛の為の武力を持てるようにする。自衛隊は日本軍に名前を変更。飽きた。
なんで日本は北朝鮮とか中国にお金をたくさんあげなくちゃいけないんだろう。彼らはどうやって日本から金をひっぱてるんだろう。武力でおどかしてるんだろうか。
ぼくがそうりだいじんになったらぜいきんのしゅるいをひとつにしてぜいむしょのじんけんひそせつやくします。おれそうあんいちをさいようします。
2013年7月18日木曜日
日本国憲法第9条について
2013年7月14日日曜日
木下弦二
こないだペリカン時代でげんじさんのライブをみたあとでげんじさんといっぱいお話しした。アートの話しをした。げんじさんは、音楽はもちろんすべての表現活動に興味があるように見える。いろんな事を考えていろんな影響を受けて音楽をつくって生きてる人だとおもった。その幅がもしかしたらぼくと似ているのかあるいはぼくの範囲を全部含んでいてぼくに合わせることができるんだとおもう。たのしかった。そのときから考えてることがある。
ぼくはパレットみたいな絵を描きたいんだけど、そういうのはそう思った時点で意図的にはほぼ不可能だ。だから大きい絵を描くときに小さいキャンバスをパレットにしたら小さいけどパレットみたいな絵がひとつ出来上がるのじゃないかと思ってやってみたことがある。それらはたしかにパレットなので見えない法則があって読もうにも読めないけど知り得ない文法がぼくを引き込む絵になった。だけれども楽しくない。この気持ちはなんだろう。描きたい感じに描けたんだけど何かが違う。ということを最近ずっと考えてる。
2013年7月13日土曜日
感想文 きのこの会議 虻のおれい /夢野久作
写真家たかはしじゅんいちさんのバーベキュウ大会で夢野久作の短編がおもしろいという話しを聞いた。読んでみたくなって短編集をググっているうちにみつけた上記二つの超短編はネットで読めるのだった。
すばらしく簡潔な文で細部はぼくにゆだねられてる。ちくま文庫のグリム童話を思い出した。すばらしい文だった。もっと読みたい。ネットには他にもたくさん公開されているらしいのだが紙で読みたい。彼の短編を集めた夢野久作全集というのが13巻くらい出版されていたのだが絶版のようだ。書店によってはまだ在庫があるらしい。読めないとなるとさらに読みたくなる。
そういえばいつかパーティかなにかで会った或る人に、あなたはなんの人って訊いたらその人は紙を作ってるっていった。デジタルの紙だって。紙みたいに見えて書かれた内容がデジタルで変えられるらしい、新聞とか読めたりするらしい。ぼくはいつのまにそんな地点に到達してしまったのかとかなりびっくりしたのだが、それはあとで思えばKindleとかああいうのなんていうんだろう、それの事だったようだ。ぼくは紙にインクの印刷物と同じように扱えるのかと思ったのだった。電子ペーパーは畳めない。
映画感想文 127時間
おもしろかった。
ひとりで砂漠の崖で遊んでる時に手が岩に挟まって出られなくなったおとなの男の話し。実話をもとにしている。かれはビデオカメラとかロープとかナイフを持っている。事実をもとにしているということは生きて生還したのか、それとも残された記録からこの映画をつくったのか。
2013年7月10日水曜日
2013年7月3日水曜日
読書感想文 レイモンド・カーヴァー傑作選
電車に乗っている時くらいしか本を読まないんだけどこの本はそれに適してる。なんで電車で本を読むのかっていうと東京の電車は隣に立ってる人の鞄がずっと足にあたっているし前にすわってるおじさんは足がこっちに出過ぎてじゃまなので僕は立って本を読む。座れたら考え事をする。この作家は有名人だけどもしかしたらあんまり知られていないのかも。なにも事件が起きない系短編の名人それ以上の存在。たとえば「収集」という短編が有名かも。無職の男の家に掃除機のセールスマンが来て帰っていくだけの話し。村上春樹と柴田元幸の「翻訳夜話」で両人が翻訳したりもしてる。
ぼくが若い頃なんでもいいから本を読みたい時に人々がすすめてくるのはみな推理小説で、それでぼくは本ってつまらないなと思ったものだが事件が起きない系短編に出会ってから小説が好きになった。実際には事件というほどではないけれど出来事の描写がある。それからたまに不可解なというかなんというか、数ページ使って作り上げた状況にまったく関係の無い小さな出来事が起こってすぐに元のすじに戻る。作品の中でその小さな出来事はそれ以上触れられることはない。現代音楽のようだ。たとえばバルトークの弦楽四重奏第五番。
読書感想文 猫の香箱を死守する党/木村友祐
新潮2013年7月号を買った木村さんの新作を読むために。
主人公の住んでるアパートがうちと似ていて入りやすかった。いろんな要素がつめこまれれているけれど彼はときどきそれらに意見を表明しない。ぼくは強い意見が苦手だ。だからレイモンドカーヴァーや村上春樹がすきだ、内容はからっぽでもいい。音楽を聞くみたいに本を読みたい。でも木村さんの文章はぐいぐい来た。エレベーターの話しのところでバイト先の或るエレベーターが思い浮かんだ。こういう労働者の表現はさすがだなとおもった。きむらさんはバイトに来てるのか取材にきてるのかと思った。きっと両方だ。こんどいっしょにビール飲む事があったらいろいろ聞いてみたいとおもったけど忙しそうだ。おれは忙しくない。おれもがんばるぞ。
追記:木村さんの小説は、普段本を読まない人が読むことになる。肉体労働者で小説が好きな人は多くないけれど木村さんに会った人の多くは読む事になる。ぼくも木村さんの小説を読むためにだけに初めて文字だけの雑誌を買った。だからなのか内容が読者に与える影響のことを考えて書いているようにも読めた。そういう意味で、こういうふうにいろんな方向に問題を提示だけして回収しないっていうのもおもしろいかもしれない。とにかく今回のこれは文体がすごく読みやすかった。
2013年7月1日月曜日
9月に絵を展示します。
9月の展示と来年1月の展示がぼくにとって重要。それらに向かって描いてる。筆を持ってない時でも描いてるということを実感してる。もしかしたらこれを書いてる今も描いてるのかもしれない。ひとつ。