2011年9月17日土曜日

こないだBABEL+とあそびました








はじまったときに音が鳴って、ぼくは描いた。
終わったときに、すごくたのしかったのと何だったんだろうっておもった。
音楽を覚えてなかった。
でもこの映像で見ると音かなりかっこいいな。
音に操られてたのかもしれない。
またやりたい。

9.14.2011@横浜エアジン
BABEL -special-
Yuichi Kudo (p)
Marcos Fernandes (per)
Yutaka Kaido (b)
Hikaru Iwakawa (q,z,rec)
special guest: Kiborio (Live-painting)

動画:うめもとさん
写真:荒谷さん

2011年9月11日日曜日

うつくしさ

楽譜がなんでうつくしいくみえるかというと構造と目的があるから。
工場の機械がうつくしいのと同じかもしれない。

テオヤンセンの作品はなんで塗らないのか訊いたときに構造そのものの美しさのほうがうつくしいからだと助手のパブロリポリス氏は言った。それも似てるとおもった。

だから構造や目的がありそうだけどほんとは何にもないものよりも実際にあってその一部だけが表面に現れると構造を感じて、そしてうつくしいくみえるんだとおもった。

そういうわけでアカデミックな画家は絵に構造と理論を与える事を怠らないわけだが、ぼくはそんなもの要らない。ただ塗るだけだ。と思いました。
ああ、そうか。クロッキーや軽いスケッチやエスキースがなんでタブローより美しいかというとそれだったのか。
ということは塗ることのその

えいが感想文 ピアノレッスン

監督、脚本:ジェーンカンピオン

前にもみたことあるけど内容をおぼえてなかった。音楽と映像の断片だけが頭の片隅にあって、たまに思いだしていたので見てみた。のぶちゃんにかりた。

これは子供にはわからないなとおもった。今は少しわかる。
女の人がすごくきれいだけどロバートロドリゲスの映画にでてくる女の人とはちがう。

ピアノが海砂に埋まってしまわないか心配した。阿字ケ浦でボンネットまで埋まったくるまを見たことがある。海の砂はなんでも飲み込んでしまう。

たくさんの状況設定があってその中から少しだけ見せる感じだから、前にみたときはぜんぜんわからなかったんだとおもう。

結婚とか引っ越し、いじめとか人種、性とか愛とか憎しみとか、そういう映画だった。
井戸に落ちて最後には井戸から出るのかどうかまだ見てない人のためには言わない方がいいとおもう。
音楽はマイケルナイマン。
話せない女の人が首から下げてるメモ帳とペンのセットのやつ欲しい。つくろうかな。

2011年9月6日火曜日

えいが感想文 デスプルーフ

監督、脚本:タランティノ

伏線がじょうずで新感覚。ラーメンズに、知らなかった笑いのつぼを押されたときの感覚に似たものをもらった。

ぼくはスタントマンのゾーイをすきになった。この人はこの映画でも他のでも自分自身の役で出演してる。きっと素でしかできないからスタントマンなんだろうなと思った。そういう率直で優しそうな魅力があった。どうしてイタリア版のファッション雑誌がそんなに欲しいのかわからなかった。出てくる女はどれも美しいなと思ったけれど、それがB級映画の基本らしい。でもゾーイがいちばんいい。

デビッドクローネンバーグのクラッシュっていう自動車事故&怪我フェチエロスの映画をおもいだした。あれと似たフェチズムなのか、タランティノがその映画をすきなんだろか。あるいはアメリカにはこういうフェチズムが普通にあるんだろうか。

映画の内容は、何も無い所に井戸を掘ってそこに落として脱出させる系。ほとんどの物語はこのシステムでできてるって村上春樹の本のなかでだれかが言ってた。この映画もそうだった。いくつかの宗教もそうだと思った。前半で井戸を掘ってぼくを突き落として、後半井戸から出ようといろいろやって最後に井戸を出る。

とにかくおもしろくてスカッとする。
最後のシーンは何回か見直した。おもしろい。DVDを所有したいほどおもしろい。

でもこれとカップリングのプラネットテラーはあんまりおもしろくなかったけれど片腕マシンガールを思い出した。どちらも2007年だ。

2011年9月3日土曜日

東電とか官僚とか

しらんけどなんかわるいやつがいっぱいいすぎてきもちわるってみんなおもってるのに、なんだこれ。