こないだギンガギンガというイベントに行った。
それはオグラさん、ますちゃん(ペリカンオーバードライブ)、しゅうちゃんのトークから始まるライブショーだった。
三人で話してるとオグラさんが常識人にみえた。
しゅうちゃんはおもに宇宙の話しをした。
そこには科学的な事実とおもしろおかしいフェイクが入り交じっていて、その境目を見失わないように注意深く聞いた。しゅうちゃんが話した事実っぽい部分とすてきなフェイクっぽい部分をとても気に入ったので、その夜古い友人たちにしゅうちゃんの事をぼくなりに話したら、みんなもしゅうちゃんの話しを聞きたくなった。
2012年12月26日水曜日
ギンガギンガを見た
2012年12月22日土曜日
東京ローカル・ホンクを観た
こないだ東京ローカル・ホンクのライブを初めて観た。
よかった。
クラシックやジャズでは普通のことだけど、アコースティックライブだった。
うたのげんじさんは、お客さんがくしゃみがしずらいと気にしている様子だったけれど、そんなことは気にしないでこれからも生々しい演奏を見せてほしい。とはいえやってる本人たちはそんなことわかっていろいろ考えてそうしているのだから、これはぼく個人の好みだけど、こんど会ったら伝えたいなと思った。
この人たちのクワイエットロックンロールはアコースティックで完璧なアンサンブルだった。後半はPAを通したけれど、その時に繊細なコントロールが聴こえなくなって残念だった。PAは演奏の2割くらいしか再現できないんだろうと思った。PAを使うライブに行くなら家でCDを聴くほうがぼくは好きなのかもしれない。ぼくが座った席が良くなかったのかもしれない。それにも関わらずすごく楽しかったのはなんでだろう。いいもの見た。
2012年12月16日日曜日
2012年12月15日土曜日
2012年12月8日土曜日
たかはしじゅんいち さんの展示を見に行った
写真家のたかはしじゅんいちさんの展示を見に、池尻大橋にある南條ハウスっていうギャラリーに行った。旅行中に東京に来てたキャサリンと一緒に行った。
それは「たかはしじゅんいちと飲む会」とタイトルされていた。
すごく楽しかった。気取らない心遣いがあってみんな素敵な人だった。
作品を見る前にもう飲み会だったけど、作品も見た。
じゅんいちさんは日本人を撮ってる。日本人の定義が気になるよねって話しになった。じゅんいちさんは君は日本人かと訊いて、答えが日本人だったらその人は日本人だと言った。
日本人の肖像には色がたくさんあった。意外だった。極東の渋みを見せてくるのかと思った。今があった。
ありがとうございました。
たかはしじゅんいちさんのウェブサイト
http://www.junichitakahashi.com/
帰りにペリカン時代に寄った。
魚雷さんとか東けんじろうさんとか居て本を借りた。
(これらの写真は僕が撮りました)
2012年12月1日土曜日
I drew Kathryn
I met her and Nubeo at Koenji station. And drink some beer together. Nubeo went back home. We got at my room.
I join cords and contact microphone and preamp that I built and amp that also I built. And I prepared a canvas that also I built.
when I draw of her, she write on me. Super excited in silence.
2012年11月25日日曜日
プリアンプ
プリアンプ作った。ピエゾピックアップからのインピーダンスを下げるのと音量上げたり下げたり用。

バイト先の人のライブを見に府中に行った。
ゴリゴりのバードコアな曲がいくつかあって、そういうのは久しぶりでずいぶんはしゃいだ。家ではしまやんがいないあいだにうるさい音楽を聴く。
帰りにすがのくんとふたりでビールを飲みにいった。たくさん旅行の話しをした。英語のこと。宿のこと。ぼくが体験したおもしろこと。浅地くんのこと。彼は旅行に行くと思う。また髪を切ってもらいたい。
高円寺に戻ってペリカン時代に行った。映画監督のドラゴンに会った。傘の下という映画をつくった人だ。それからゲンジさんがきた。彼は前にもそこで会ったことがある。窓拭きの仕事の話しをしたことがある。けれども、彼は僕の中でただの窓ふきの人ではなくなった。さいきん映像で見てだいすきになったバンドの歌の人だった。つくることの話しをしてくれた。
2012年11月24日土曜日
下北沢にライブをみにいった。
高円寺で知ってる人がたくさん来ていた。ななちゃんが髪を切った。すごく長かったかみのけを。
ギャラリーの人がみにきていてこんど絵をみてもらうことにした。
オグラさんはきちんと仕事をしていた。友達が働くお店に来た時のような気持ちになった。
ミックスナッツハウスは楽しいかった。ジミヘンドリクスみたいだった。
「〜みたい」という表現は使っていいとおもう。
東京チカラめしで焼き牛丼を食べて帰った。
駅前で力丸さんがあいかわらずの大声てまんがを読んでいた。下北沢だなとおもった。
2012年11月18日日曜日
2012年11月17日土曜日
金曜の夜に
新宿眼科画廊にいった。ひげの人がキノコの作品をたのしそうに説明してくれたけど英語が速すぎた。
16才はなれてるきょうだいに会った。下のおんなのこは抽象画のことをなんて言うのか知らないけれどこういうのよりこういうのが好きだと言ってキャラクター化されたイラスト的な作品を指した。おにいちゃんはきっとこういうのが好きみたいと言って絵の具を撒いたような中に女の顔がある絵を指した。将来はファッションデザイナーか絵をかくことを仕事にしたいと彼女は言った。 どちらかまだ決められないと言った。ぼくは、どちらも同じことだから決めない方がいいとおもうと言った。
映像作家のなおに会った。 なおは英語なまりの日本語をはなした。そしてハーフなんだと言った。ぼくはダブルって言うよねと言った。彼は、すすんでるねすごくすすんでるって言った。ぼくはすすんでいる。
エリトアが取材に来てた。きむには英語が話せる。
きむにとみえちゃんともろおかくんと焼きとん屋に行った。ぼくは川越と川口をよくまちがえた。絵の話しをいっぱいした。こんど川越の作品展を見に行く事にした。焼きとん一本60円なのにみんなで1万円もした。ビールが高かったんだろうか。
高円寺で降りてオグラさんに合流したら塩川のとうちゃんかあちゃん来ててカズマクラの古い友達があつまっていた。カズマクラとあそんだいろんなことを思い出しながらみんなを見た。ぼくは最後のころ彼となかよしだっただろうか。ぼくはきっと彼のことをよく知らない。古いともだちはいいやつらだった。白ひげの人が気になった。
のぶちゃんも合流した。のぶちゃんを帰りにおんぶした。けっこう遅くまで遊んだ。
みんなが老人になった時にカズマクラは若いままの思い出しか残らないのだろうなと思った。

2012年11月15日木曜日
2012年11月14日水曜日
音、時間、絵は動かないこと
うごかないものからうごきをつくるのは読むルールをつくることだ。
絵を読むルールがあったらつまらないので読むルールはつくらないでうごかない絵から時間のレイアウトをできないものだろうかとかんがえられたのがライブペインティングというやつだろうか。きっとちがう動機だとおもう。関係ないけど、音は2次元だといま気がついた。次元の数は絵と一緒なのに変換したくない。印象で作曲できるとしたらそれはすばらしい才能だけれども、ぼくにはない。ぼくはシステムをつくろうとしているんだろか。わからん。もっと遊ぼう。
あ。そうだ。デフォルメあるいは記号化。要素の摘出。わからない。
よく考えたらぼくにとって音は2次元じゃなかった。ものの本質は観測者によってちがうんだろうか。それは本質とよばないのじゃないだろうか。まあいいか。
2012年11月12日月曜日
海のじーじが70歳になったよ
海のじーじが70歳になったからしまやんと海の実家に行った。
電車速い。
えみととしやとそらもきた。
すし食った。
ずぼんしたをプレゼントした。オシュマンズで買ったやつ。
ゆうがた三角こうえんでブランコしたり木登りしてあそんだ。
みなと二小にも行ってみたけど入れなかった。つきやまのトンネルから話し声がきこえた。
つぎのひ、お墓まいりに行った。
それからおれとしまやんとそらと3人で海のほうをさんぽした。しゃしんをいっぱいとった。
波がきてそらのずぼんがぬれた。おれだけぬれなかった。海はくさかった。
6時までひるねして、やきにく屋にいったら混んでてはいれなかったからステーキ屋に行った。
メモ:300gはよゆうでくえる。
かえりは石井家のくるまで阿佐ヶ谷までおくってもらった。
そらはねてた。
2012年11月8日木曜日
風のはなし
窓掃除のしごとで高い所から木を見て風の強さを推測するんだけど、水中で水が急に流れだしたような感じで木が揺れて、それは深緑色の葉を付けてるんだけど、そこから茶色の粉が散った。たぶん枯葉。もう何年も前の大雨の夜の環七を思い出して、それから閉じた系でのエネルギーの循環を思って、それから今日の窓掃除はできないなと思った。風は見えないんだなと思った。
2012年11月7日水曜日
感想文 ティファニーで朝食を/カポーティ
カポーティの「ティファニーで朝食を」を村上春樹の訳で読んだ。
おもしろかった。
どうおもしろかったのだろう。他の訳や原文を知らないけれどこれは村上春樹が書きたかった文章じゃないだろうか、というくらい春樹だった。例の透明感というやつだ。おどろいたことにこの本は短編集だった。なぜかそうではないと思い込んでいた。どうしてこれを映画化してしまったんだろうか。みてないけど。ダイアモンドのギターという短編がすごくうつくしかった。囚人農場の話しだった。ぼくが若い頃によく映画をみたものだが、原作の方が良いっていう意見を言ってる人がいた。映画で有名になる前に原作をもう読んでるなんてかっこいいなとおもったことを思い出した。村上春樹の短編もたくさんいっぺんに読んだけどどれもすばらしかったことを思い出した。いつか読み返してみようとおもった。この頃のカポーティの短編が他にあるならぜひ読んでみたい。
2012年10月31日水曜日
自由と表現についてのメモ
自由はない。
制限する自由。制限の中の複数のものの共通点は影。制限は光を通さない。
影から制限を想像するけれど境界線は閉じない。なぜなら影しか知らないから。
演出された境界線を超えるという演出、という制限。
制限の作者と影を鑑賞する者は影しか知らない。
影をつくるけれど、本当は制限をつくっているのだとおもう。
あるいは他者の制限を組み合わせて、新しいと見えるような影をつくっているのだとおもう。
2012年10月30日火曜日
これからの予定
絵の予定がなかったんだけど目標ができた。うれしい。
需要に全力で応えることにした。
望んだわけではなかったけれど経験させてもらってきたことがある。それに対して疑問があってやめようかなと思っていたけれど、疑問があるっていうことはきっと好きなんだとおもう。そして、もっとよくできるはずなんだと思う。それをきのうから正直にやっていくことにした。
絵に関して。
自分で事を起こさないと、だれにも何もやらされることはない。 だから義務もないし愚痴なんかない。だからやりたい事を正直にやる。こうありたいという遠い目標と目先のやりたいことは一致するはずだ。一個ずつ正直にやる。それは絵に関するとはいえ、絵でなくてもいいということだ。正直でさえあればいい。と自分に言うのだ。
きょうは太陽くんとか、けんちゃんのライブを見に行く。下北はアウェー感があるけど、良い居酒屋をみつけてその時間まで呑む予定。
ぼくは実験をして人前で作品として発表するまでの時間がたぶん普通の人よりも短い。それは実験を成功させて、エンタテイメント化するのがうまいとか速いとかそういう意味ではなくて、ただ実験のある段階で発表してしまうのが好きなだけだ。そしてそういう作品を見るのが好きだ。そういう作品というのは、そいういう作品だろうとぼくに感じさせるという意味だ。事実は問題じゃない。金曜日はのぶちゃんとボルダリングに行く。自分が何級なのかを知りたい。
2012年10月29日月曜日
メモ
A1-OSJ
モノラルパワーアンプ20w
ルーパー
ディレイ
プリアンプ(コンプレッサー、オーバードライブ)
モノラルピンジャック
ピンプラグ(オスオス)
機械スイッチ
箱
配線
半田
低音ブースト用の何か。
ノイズゲート
わくわくするよね
2012年10月18日木曜日
無題
音楽。
純粋に音を楽しむことと、演奏を楽しむことは別だとおもった。
たとえば、空気。
最近PCで作られたような音楽を密閉式イヤフォンで聴くとどこにも空気が入ってないからなんか変だという意見を聞くことが増えたけど、ぼくはそういう音に好きなものが多い。頭の中で鳴っているような、耳かきが届かない奥をこちょこちょされているような気持ち良さがだいすきだ。
それと生楽器の演奏を楽しむときを比較してみると、演奏を楽しむことは純粋に音だけを楽しんでいるわけではないことがわかる。
宇宙に良い悪いはない。好き嫌いしかない。
ぼくはどっちにも好きも嫌いもそのあらゆる中間もある。
2012年東京。不自然なものは何か。人間は自然だろうか。
白と黒の間のすべての地点の可能性の中で、俺のグラデーションは有色で原色。
読書感想文 孤独の発明/ポール・オースター
ポール・オースターの孤独の発明を読んだ。タイトルがすごくいい。
つまらん。
50ページくらいでよむのやめた。
次1Q84読む。
さいきんのバイト先のメンバーがみんなというか半分以上、小説を読む人なのでたのしい。しかもけっこう趣味があいそうだ。ぼくは小説をよく読むようになったのはさいきんだけど、みんなくわしい。村上春樹、ポール・オースター、カポーティあたりの話題になることがある。ジャックケルアックがつまらんことで一致したのはめずらしい。そういう好き嫌いは嘘ついて相手に合わせても意味がないのでみんな自由に自分を表現できるのがいいとおもう。だれも傷つけない。タンブラーとかついたーのRTとかfacebookのshareとかはそういう感じだとおもう。身近なだれをも傷つけないで簡単に自己表現できる。でもぼくがやりたいのはそういうんじゃないしぼくが見たいのもそういんじゃないっていうことはわかってもらえてるとおもう。たとえばDJっていう立場。他人の作品を並べることと作品をつくることは何かが違う。経済まわすのはその方がてっとりばやいのかもしらんけど、おれはやらない。とはいえ俺も他人がつくった絵の具を筆で並べてるだけなんだけど。五十歩百歩ってこういう時につかうんだろうか。つくるってなんだろう。土で家をつくることは上記の矛盾からの解脱。土はだれがつくったんでもない。そうだとしても俺は俺の原色を塗る。
その後、1Q84は四冊組で途中から買ってしまった。なので孤独の発明をしかたなく持ってバイトに向かう電車に乗った。これはオースター家の記録で名前の似た登場人物がたくさんでてきて混乱して読みずらい。
そういえば以前は、小説は作り話しだから読んでも意味がないとおもっていた。それはとくに推理小説っていうやつはどうせ全部つくりばなしだし、さいごに謎が解けるんだが、そのなぞは作者がにぎってて、なんかどうでもよくなっちゃってあんまり小説をよみきったことがなかった。でも、村上春樹の小説を読んだときにそういう不快感がなくてすごく気持ちよかった。こういうのを透明感ってみんなが言ってるんだろうか。透明感が比喩としてどういう意味を持つのか、ぼくの経験では例文がすくないのでまだよくわからない。
たくさん小説を読んだわけじゃないけど、村上春樹とポール・オースターはそういう部分が似ていると思った。特に偶然の音楽(オースター)は村上春樹の中でもちょうどぼくがだいすきな雰囲気だった。ぼくがこういう小説がすきだっていう話しをしたらカポーティをすすめてくれた人がいる。いつか読んでみようとおもう。あとカフカの城もすすめられて試したけど読みきれなさそうだった。さいきん心地いい文に飢えてる。北園克衛みたいな詩も読んでみようかと思い始めている。詩の方が純粋に文を味わうことができそうだ。文界のミニマリズムだな。おれきっとそういうのがすきなんだな、とおもった。
2012年10月14日日曜日
読書感想文 ポール・オースター
ポールオースターの偶然の音楽を日本語訳で読んだ。すごかった。
どうすごかったんだろう。わからない。
とにかく言葉がするすると入って来て映画を見ているみたいだった。文字を追ってることを忘れてた。主人公の斜め上から俯瞰してた。ときどきは主人公目線だったりもした。
おもしろかった。
幽霊たちも読んだ。
こっちはそれほどでもなかったけど、電車の中で読むにはちょうどよかった。
2012年10月8日月曜日
読書感想文 天空の絵描きたち/木村友祐
木村友祐の天空の絵描きたちを読んだ。ぼくははじめて文字だけの雑誌を買った。目次がなかなかみつからなかった。木村さんはバイト先の先輩だ。タイトルを見て、俺の話しかなと思ってよんだ。
これをよんで窓掃除の仕事がもっとすきになってしまった。そうならないように距離を置いていたけれど、好きな仕事だと自覚した。読む前より読んだ後の方が前向きに労働できるきがした。うれしい。登場人物が多くて名前を覚えられなかった。控え室の描写がおもしろかった。じょうずに魅力的に文字にするなあとおもった。
彼の前の小説、海猫ツリーハウスは 主人公にまったく共感できなかったし暗い感じだったけれど、今度のこれは前向きですごくよかった。海猫は主人公じゃない登場人物がすごく魅力的でよかった。
木村さんのひとつ前に中原昌也っていう人の文章があって、それも不思議でおもしろかった。あとボアダムスの山本精一さんの文章もあった。彼の文がすきで10年以上前だけどギターマガジンをよく立ち読みしてたな。ぜんぜん音楽の話しじゃなくて、文章の最後に今月の一枚みたいな感じでアルバムが紹介されるでもなく載ってた。こんな文字だけの雑誌は読まないだろうなと思って気にせず38年生きて来たけど、以外とその雑誌はおもしろかった。ペリカン時代のますちゃんは、その雑誌を文芸界の少年ジャンプだと言った。わかりやすい。
木村さんの過去の本を読んだ人に何人か会ったことがある。よくいくペリカン時代っていうバーには、そういう文学の人とかたくさん居そうだ。魚雷さんや千さんにもそこであったことがある。そういうぼくの関わってるあっちの社会とこっちのコミュニティが木村さんの本で繋がっていておもしろくて不思議な感じがする。ぼくの絵もそういう壁を超えるといいなあ。
2012年9月30日日曜日
また石巻に行ってきた
鮎川小学校の教室のペンキ塗りをした。たいへんだった。
疲れたけど夕日はいつもきれいだ。
りょうが餃子を三枚食べた。
おにぎりつくってくれた
みんなで床に絵を描いた。たのしかった。きょうとうせんせいがおこってあやさんがあやまった。ぼくはこどもの服をひとつ洗った。
いい字だ
えびすさんに針やってもらった。ずーんときた。きもちいいというわけではないけど後で効果があるのだろうか。
つかちゃん
うんどうじょうにいった。散歩したりかべをのぼろうとしたり、間接を極めたり絵を描いたりくるまを誘導しようとしたりした。
きのこがいっぱいはえてる。
まつおばしょうっていう人が歩いたみち。
奥松島にいった。
月浜にいった。
松
縄文土器は前期と中期にすごい違いがあるけれど、違う民族だろうか。
小学校の看板
お昼ねするつかちゃん
えびすさんとたこ焼きにいった。大阪の人が焼いてた。たくさんいろんな話しをした。
酔っぱらった。
石巻は人口に対するスナックの数率が日本一高いらしい。
