2013年1月27日日曜日

音楽とアート

東京都現代美術館でやってる「音楽とアート」を見てきた。
「音楽から派生したアート」が主な展示だったと感じた。新しさは感じなかった。

池田亮司はかっこいい。池の陶器のやつもよい。
木の年輪のレコードのやつは期待しただけにひどかった80年代かと思った。80年代でもまあ現代か、とは思うけれども。。作曲っていろんな手法があるんだろうけど、今回の展示会のほぼ全部がいわゆるチャンスオペレーションって言ってジョンケージが有名にしたあの手法なのだろうか。世の中のいろんなものを音の高さと音量、長さなどに変換して作曲する手法なんだけど、その変換の仕方とか素材とかによって、いい感じに美しくなったり、つまり人間の耳には心地良い感じに空気の振動がレイアウトされたりするよね。年輪のやつは素材として木をLPレコード状に輪切りにしたものを使ったんだけど、それをリニアでピアノの音に変換していて残念だった。譜面にして奏者が演奏してライブなら見たかったな。想像したのは年輪をゴリゴリ削る針の音だったけど。そういうのを聴きたかったんだ。今の時代でMIDIかなんか知らないけどピアノの音に変換したのをそのまま聴かされても残念な気持ちにしかならないんじゃないかな。そこのヘッドホンに列ができて二人くらい待ったのだけど、みんなはどう思ったんだろう。おれはすごく残念だったよ。木はただのスイッチとして扱われたんだよ。それだったらもっとシンプルに電子音とかのほうがいいよ、なんでピアノの音にしちゃんたんだろう。生のピアノの弦にはぜったいにかなわないのに。
そう言う意味で大友良英の限定的アンサンブルはぼく好みだった。ゴリゴリだった。ロックだった、というべきか。
ジョンケージは印刷物だった。
あるキャプションの前に20人規模の行列ができてるのがきもちわるかった。作品よりもキャプションを読む大衆。
池田亮司のキャプションだけ読んだら歯が浮くような内容だった。本人が書いたとは思わない事にした。

常設展示に高木正勝は無かったしピピロッティリストも美しくなかった。

でも観といたほうがいい展示だとおもった。これらのやり方に自分なりの考えを持つためにも。
作曲は音のレイアウトなんだなって改めておもった。チャンスの割合とか比率だけコントロールしてるのが今回多かった気がするのはそういうコンセプトだったのだろうか、よく知らないで行った。キャプションはほとんど読んでないのでやっぱり知らないのだけれど。
こういうのはまったく受け付けない人もいるんだろうなと思った。
こういうことをこの規模でやれるのは素敵なことだと思った。マイケルガーデナーや阿佐ヶ谷のプールでみたインスタレーションを思い出した。マイケル元気かなあ。サチコMに楽曲を提供したいと言ってたな10年くらい前かな。

2013年1月25日金曜日

窓掃除

きょうのバイトはおもしろかった。
回転ドアの硝子をみんなで掃除したんだけど、ひと枠にひとり入って掃除した。ひよこの群れみたいでかわいい感じになった。人が通る時すぎむらくんが人力で押して回して人を通した。エジプトの奴隷の絵をおもいだした。バイトはたいへんだけど楽しくやっています。絵を描く事もたのしい。ただでさえ原発やらなんやらおっかない問題がたくさんある世の中ですから、無駄なしかめっ面はいらない。いっしょうけんめいにやることと、しかめっつらは別のことだよ。いっしょのことだとかんちがいしてそうなひとをたまにみかける。プロの歌手はいっしょうけんめい且つ楽しそうに歌う人が多い。そういうのがすきだな。

2013年1月13日日曜日

凧をつくった

オグラさんの凧をあげさしてもらった時の手の感触が忘れられない。それでネットで調べたりしながらつくってみた。
ネットには、凧のきちんとした総合的な情報はない。細部の呼び方等いろんなサイトをみてまわって解釈した。何か新しい事を始める時、ぼくは最初にネットで情報を探す。それが自分にとって良いことなのか悪いことなか分からないけれど、いつもそうしている。でもネットには知りたい情報はだいたい途中までしかない。英語のサイトにはいろいろありそうだが凧については日本の凧の方が魅力的だ。世界中のネットをくまなく探したとしても、凧あげの時の手の感触を知る事はできない。浅い情報なら日本語でネットで入手できるけれどちょっと専門的になったりするとない。もちろん手の感触はネット上にも本の中にもない。手にしかない。情報が安くなったぶん、そういうものの価値がすごく高くなっている。そういう経験の感想を言葉にしたものは誰にも真似のできない自分だけの表現だ。誰かから聞いた言い回しや本で読んだこととは響き方がぜんぜん違う。なにかを感じてるフリだけの人の言葉が響かないのはそのせいだと思う。本当に自分でやってみて感じたことはもっと遠くまで響く。響かないのは自分自身のせいでしかない。
つまりオグラさんの凧あげの感触はとても強く響いてきた。オグラさん凧あげの楽しさを伝えてくれてありがとう。そういえばきのう会ったキャミコーベさんの写真の話しもぼくに懐かしくも響いてきて自分でびっくりした。
ぼくの凧は生き物みたいだ。風のない室内でぶら下げて、上にひっぱると海のタコみたいにきゅって前に動く。上にひっぱるのに前に動く。おもしろい。そして竹ヒゴがほそいので動く時にぐにゃっと曲がるのでますますタコのように見える。きょうは風がなくて、走った分しか上がらなかった。風のある日に凧あげするのがすごく楽しみだな。ぼくは38才。凧あげをしたい自分が好きだ。

2013年1月6日日曜日

たこあげした

年末からお正月休みにかけていろんなことをした。
のぶちゃんちでテレビをみたり。
東高円寺のお寺まで歩いたりした。

近所の鳥の家を見に行った。



オグラさんが凧をつくってみんなであそんだ。
凧は無限の彼方へ飛んで行った。

2013年1月2日水曜日

今年の目標

今年は、高円寺や阿佐ヶ谷などの中央線沿線から外に出て、他の場所でも活動します。それからどんどん外に出て行きます。それと同時に地元をもっと知って、地元の人達にぼくの絵を知ってもらいたい。それは同時に進行したい。