2007年7月2日月曜日

ねんど 表面と奥 ある技法の名前

 ぼくが使っている粘土はクレイドっていうやつです。乾くと色が明るくなる。作ったばかりのしっとり感が好きなので、表面をなんとかしよう。
 さっき亜麻仁油を塗ってみた。それが表面を濡らしていて良い。でもすぐに粘土が吸い込んでしまって表面に残らない。完全に乾いたらもう1回塗ってみよう。ということは最初の塗りは、すぐに乾くアクリルや膠でよろしいのかな。それから、艶のでる油性の何かをぬったらいいのかな。いろいろやってみるよ。
 あるいは乾いた時の質感をいかすように作るのか。そんな粘土をEARで展示します。

 墨に関しても以前は描いた直後のしっとり感が好きだったけれど、乾いて明るくなった時の色をいかすように描けるようになってきた。それを考えなくてもできるように身につけるんです。30日で習慣になるらしい。

 ぼくの最も奥深くから出てくる形を作りたい。表面から出てくる形を作るのはおもしろくない。浅い。他人が作るものもそうです。奥深くから出ている形を描いてるなと感じる絵がすきだ、と言葉で書いてしまうとなんか違う感じがする。まあいいか。
 初めて粘土であそぶ人は奥深くの形を出してくるから圧倒される。絵もそうかな。ちょっと描けるようになった頃の絵がいちばんつまらない。それは小手先で描いた表面的な絵だ。ぼくはそれはいやだ。だからちょっと描けるようになってしまったら、退化を待つのは時間がもったいないし楽しくないのでつきぬけるしかない。作る喜びを持ったまま突き詰めたらいつかは抜ける。
 
 たとえば、歴史の年表を覚えている人が歴史を知っているとは限らないのと同じように、技法の名前を知っている人がその技法を使いこなせるとは限らない。だから用語を連発する人は信用ならない。用語を効果的に使うと心理的にはラポールを与えるらしいけれど、効果的に使えてない人の用語は恥ずかしい。