2014年10月10日金曜日

日常を切り取ることについて

たしかにぼくも子供の頃は日常を切り取っただけの表現をすきになれなかった。けど今は好きなものもある。
なぜなら、そのことについて荻原魚雷さんが上手に説明してくれたからだ。だからぼくはだれかに上手に説明することができる。と思っていたけれども実際に日常を切り取ってるだけじゃんという意見を言う人の前では何も言えなかった。ちょっと残念だったけど、その人の意見に上から目線でぼくの意見をかぶせてしまいそうなのでまだ早いのかもしれないな、とも後から思った。つまり、わからなかったことがわかったときに、まだわかってなさそうな人を見おろしている自分がいることを見つけることができる。それはあんまりよくないことのような気がする。言わなくてもいいことが餌を入れすぎた金魚の水槽の底みたいに堆積していく。