ロダン、カリエール、雪舟、マリノマリーニ、狩野を見た。
なぜならば、バイト後田端で降りたから車を。
ロダンが作ったカリエールのデスマスク。その横の手(石膏?)は、ぼくの手より大きい。顔は小さいのに。 デスマスクは僕におっちゃんを思い出させた。おっちゃんが死んだときに僕も描いたから。だからロダンもデスマスクを作ったのです。
そしてカリエールの描くロダンの肖像だ。そういうことだったのか。素敵な二人だったということです。ぼくも描きたい人が何人か頭に浮かんだ。カリエールの油絵は薄口でおもしろい。絵の具が買えなかったのかな。イエロオーカとかアンバーばっかりだ。白はなんだろう、鉛白かな。
たぶん18センチ程の幅のある硬い刷毛でばっさばっさと描いてる感じがきもちいい。そしてふわっとね。白ね。混ぜながら。そしてジャコメッティの油ドローイングを思い出した。
ぼくは彫刻を見なれていない。だから、作り方も分からないので見方がかなり素人だ。テラコッタをもとにした石膏に着彩なるものが美しかった。ブロンズはピカピカしている。エッヂも尖っていて触ったら痛そうだ。だからテラコッタの方が好きだ。粘土みたいに作るのかな。丸い小さい粒をたして手で伸ばすのだろうか。伸びきってなかったり粒をくっつけたままの部分もあって制作過程を想像して楽しかった。
そして、ロダンの門の習作か?あれ欲しい。地獄の門のマケット(第三構想)だって。マケットて何。なんか見てるとうっとりしてしまうのです。絶妙なんです。いろんな意味で。四角に人間がはえてる。地獄の門の真ん中の少し上には、あの有名な考える人がいるけど、あれは地獄を見下ろしてるよ。
そしてロダンの手のドローイング。それは以外にもシーレそっくりだった。誰々みたいという感想は感想として最低の部類に入るがぼくはよく誰々みたいと思うので仕方が無い。ボキャブラリーが足りないのですよ。勘弁してください。
そして常設展示の2階から下を見るとデュビュッフェが待っているので2階をすっ飛ばすのです。ラトゥールだけ見たけど。下に降りると、いつもの狂女がぼくを出迎えるのです。相変わらず狂女ですね。目が好きです。スーティンと書いてある。スーチンだと思っていた。
それから石橋を渡った。
入ってすぐの常設展示にマリノマリーニがある。いつも気になっていたのでやっと名前を覚えた。
チラリと応挙が見えたので順路を無視(いつものこと)してそちらへ。そしたらウワー!
はっとして息を呑むとはこのことです。狩野のでっかい一対の金地墨絵だ。すげー。そして、最初に思いついた言葉は「ヤクザ」でした。狩野はヤクザでした。 ヤクザ映画を見た後のヤクザモードに似た気分になったので横にいた警備員のため息がかなりウザイ。注意したくなったが我慢した。 その一対の墨絵に向かってそれぞれ椅子が置いてあるのだが近すぎるのです。もっと遠くからゆっくり眺めたいのです。でもどうせ、立ったり座ったり近づいたり離れたりして落ち着かないのです。そういえば実家の隣のおうちは狩野先生と呼ばれる人だった。
そして美しい茶碗を見た。
そのあとに見る西洋絵画は空空しい程に思えた。単純アホだな俺。それでもザオウーキの海の絵はすてきだ。
そして、チャンティックに行ったらトイレに置いた芳名帖が無い。店の芳名帖と勘違いされるのではずしたらしい。そして、ポストカード置き場の芳名帖を見た。ウー!来てくれたのですねありがとうございます!
夜見るとまた違うです。しかしもう反省点がたくさん見つかりました。だから、もっと描きたいです。
頭の中で理想の絵が完成しすぎると実際の制作とのギャップで苦しむのです。しかし、理想が抽象的過ぎると、一歩も前に進めません。
2006年4月13日木曜日
鑑賞感想