じいちゃんちを解体した時にもらっておいた墨がいくつかあるんです。今日やっと試してみたら古い墨って新しい墨とぜんぜん違うですね!
まず、磨ってる時に指がペトペトしないです。
そして、濃く磨ってもネトネトしないです。
もしかして、膠の接着力がほとんど無くなってるのかな。
そして、もしかして、膠は必要無いのかな。すすが水にうまく溶ければ後は膠は要らないのかも。
そういえば、すすを粉のまま水に溶かそうとしたら全然溶けなかったです。
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でも、水に溶けないなら膠にも溶けないか。
じゃあ違うな。
膠はやっぱり必要なんですね。でもほとんど膠力が残ってないのに、裏打する時に滲まないのは不思議です。紙をすすが染めてしまえば、膠は必要無いような気がするんですよ。すすは水に溶けなくても膠には溶けるのかな。要実験です。
そして、古いせいなのか墨の種類のせいなのか分からないけれど、見たこと無い滲み方をする墨がある。文字では説明できない。
その墨は少しペタペタしますから新しいと思われます。
今日、日本橋の墨屋さんで毛辺を見ました。急いでいたので見ただけです。でもずいぶん小さい紙でした。20×30センチくらい。大きいのがあるのか訊いてみます。
きのうは上野で国展を見ました。
彫塑?彫刻? えーっと、立体のものを見たのです。
とってもオモシロイです彫刻を見るのは。
ぼくは、彫刻も絵もケモノくさいのが好きです。つるつるにしないで、ばっさり、ざっくりが好きなのです。だから昔の西洋人の絵はタブローより
ドローイングの方が好きなのです。音楽だと、クラシック以外で、そんな人がいっぱいいます。ジャズに多い気がする。ケモノ。センスの良いケモノ。そういえば猿が描いた絵を本で見た。タイの象が描いた絵も見た。気持ちの良い抽象画でした。猿は色も自分で変えるんだよね。象は、象使いが色を変えてた。
もしくは、音楽で言うとスティーブ・ライヒのようにバチバチな感じが好きです。数学的?設計的というか、計算され尽くしたというような。絵で言うとリヒターに相当するのかな。どっちもドイツ人だ。 否、ライヒはアメリカ人でした。数学的というとオプアートを連想するけれどもあれはあんまりです。ミニマルとはいえ物派はつまらんです。
公募展の絵はなんであんなにつまらないんだろう。と思って久しいので公募展の絵は見ない。たまに好きなのもあるけど、つまらない絵に囲まれるとセンスが悪くなりそうだから行かない。同じ理由で電車に乗るのがいやだ。ウチを出て駅に近づくにつれ、広告広告広告広告広告広告広告広告広告広告広告広告広告広告広告広告広告広告広告広告広告広告広告広告広告広告広告。
アホか!
いつのまにか見なれてしまうんだけど急に覚めるとひどいビジュアルだ。
というミームマシンタカーセの愚痴でした。
2006年5月3日水曜日
随筆