2009年4月3日金曜日

あした4日土曜日「つくる日」 tomorrow(sat) WORKSHOP

いよいよあした、俺道場「つくる日」です!
http://kiboriotmissile-s.blogspot.com/2009/02/blog-post.html

どうぞどうぞ、あそびにきてください。

つくったり、つくってる人見たり、お話ししたり。 
もちろん、アルコールOKだから、持ち込み、差し入れ大歓迎!
アートはこどもだけのものじゃない☆

画材なども、持ち込み大歓迎!
絵の具にまみれた手で、ビールをのもう。

あさって日曜日は発表会もあります。
両方参加も、どちらか一日の参加も、いつきてもいつ帰ってもだいじょうぶ。

なにを作るかは自分で決めてください!
自分で決められない人は、だれかに出題してもらってください。もう、あまえんぼうなんだからぁ!




 

2009年3月30日月曜日

発表会お手伝い募集 Volunteers wanted on the presentation

発表会の運営を手伝ってくれる方を2名ぼしゅうします。

何人かお願いしてあるのですが、もう少し人手がほしいのです。

お手伝いのひとはあんまり遊んでいられないので発表しない人にお願いします。
詳細はメールで相談しましょう。
kiborio@yahoo.co.jp

よろしくおねがいします。



I put out a call for 2 volunteers of the presentation on next sunday (April 5).

I have already got some volunteers, but I need more.
Volunteers may not participate in the symposium, so they are required not to do presentation.
Details are by e-mail.
kiborio@yahoo.co.jp
I'm waiting for your contact !
Thanks.



 

2009年3月27日金曜日

森の精 spirit of forest


鼻毛もある。
with nose hair.

2009年3月25日水曜日

2009年3月23日月曜日

旅行の記録個人的な ベルリン Berlin


ベルリンは本当にたのしい。
そして、western Europaの中では宿が安い。ビールもワインもうまい。あとここに書けないものもうまい。アートも音楽もある。電車も分かりやすい。でもそれはぼくがEuropaの電車に慣れただけなのかもしれない。

たくさん刺激的なことがおきた。
そのなかでも、とくにベルリーナクンストサロン(BERLINER KUNST SALON)がすごかった。美術館みたいに広い所にいろんなギャラリーや学校が入っていて、展示をしています。もちろん作家やギャラリストもいます。ギャラリーで扱う作家のなかから選んでここに展示するらしい。ものすごくクオリテーが高い。東京でこんなの見たことない。(もしかしたら知らないだけで東京のどこかに集まっているのかな) しかも、そのサロンの中にバーがあって、ビールが買える。だいたいみんなビール瓶持ちながら、鑑賞したりしゃべったりしている。もちろん静かにしなくてはいけないと怒る人はいない。不思議な作品がたくさんあって、客にも作り手にもよく話しかけられる。とても自由な雰囲気だった。なつかしい。またいきたい。受付以外はビジネスを感じさせない作り手のパラダイスだ。ここに来るとき、入り口の近くで会った人が、興奮してこのミュージアムはすごいぞ!って言ってきた。その人は、トラックの荷台をホワイトキューブにして展示して旅してる人だった。もし今後ベルリンに行くのならここには絶対に行った方がいい。

die hutte をみた。
水と石で音楽を自動演奏する装置を見た。その人のライブに行った。待ち時間のあいだにみんなを描いた。どの人も英語が上手だった。
 別のギャラリーを見た。そこでは公開制作そしていた。平日は毎日しているらしい。そこのアーティストはみんな牢屋から来た人だった。ここの人はあまり英語がじょうずじゃないなと思った。言葉が通じないから心が通じます。
 崩れかけたビルの中にアトリエとギャラリーがある所をみた。バーもある。建物中、タバコではない煙の匂いがした。トイレの水が廊下まであふれていた。

ベルリン最初の夜、散歩しているとものすごい人数のマラソンを見た。ランナーが途切れないので、その人たちが来る方に行った。ブランデンブルグだった。バッハのブランデンブルグコンチェルトはここのことなのかなと思ったが未確認だ。そのまま大通りを進んで行くと、なんだか光がすごい。どうやら光の祭りらしい。歴史的と思われる建造物にもサイケな模様が映し出されていた。すばらしい町だと思った。

 東側では、街角でトキヨトキヨ?って訊かれたりする。チノはアディダス着ないらしい。そういえば、ベルリンでは写真を一枚もとっていない。なぜかはわすれたがたぶん電池がなくなったとかそういうことだろう。とにかく見るものがいっぱいで描いたりもあまりしていない。

 ある日、宿のキッチンでワインを飲んでいると、ホアンとマリアンがきた! 
住所は教えてあったけれど、連絡もなしにいきなり来たからびっくりした。一人で旅行していると友人に再会できるのは本当にうれしい。ベルリンの歴史を聞いたらしく、たくさん教えてもらった。それから、次に会う約束をして、分かれた。
 またある日、いつものように宿のキッチンでパスタ作ってワイン飲んでるとゲイのカップルが来た。ひとりはスタッフらしい。話しているうちに、ひとりがタッチしてくるようになったら、もうひとりは少しやきもちをやいた。

 恐ろしいカタチの塔がある。ぼくの宿のある駅の近くにそれは東側なのだが。そのあたりは倒壊した家や空き地などがあってあまり栄えてはいない。その円筒形の塔の外側をよじ登ったとしても、途中でネズミ返し的に曲面を描いてハングオーバーしている。途中に窓はなく、そのハングオーバーより上のヘルメットみたいな所に小さい窓がある。明らかに怪しい。共産主義的なカタチだ。旧東ドイツ時代、きっとその塔から共産主義の洗脳放送がされたのだろう。悲しい歴史だな。きっと痛みを忘れないためにこの塔を残してあるのだな。と思って毎日見ていた。

 Juan and Marian と再会した。マリアンの友達がギャラリーと契約して展示とパーティをしているらしい。おおおお、そういうの見たいんだよね。たくさん道に迷って着いて作品見て飲んでしゃべって。ガムテープで作った作品がかわいいかった。ぼくのポートフォリオをギャラリストに見せたいんだって話をしたら、来週このギャラリイにたくさんあつまるパーティあるから来ればいいって。わーいわーい。(で、来週行ってみたのだが、入り口で門前払いという字を思い出さされた。ひどいもんだ)

 そして、三人でケバブ食べてそれぞれの宿に帰った。ベルリンのケバブのパンが堅いので、唇の両端が赤くなる。ケバブはイスラム圏から来ているので、ケバブ屋の人はビール飲まないのだが売ってはいる。とてもよい組み合わせです。ドネルケバブが3.5ユーロ、ビールが1.5ユーロ。

 そして、ぼくはベルリンのあと、どこに行こうかと思案していた。北欧に向かうか、あるいはモスクワからイルクーツクそして中国か。だがとても寒い。観光客や旅行者はほとんどいなくて宿も閉まっていたりするくらい。北欧の物価の高さに負けてモスクワをめざすことにした。つまり次の町はワルシャワか。ポーランド人とチベットで会って少し歴史を聞いたことを思い出した。ポーランドで英語は通じるか少し心配。

東に向かうことにしたので、ガイドブックを買った。ガイドブックは英語のものが買える。フランスでは英語が通じないので、英語で書かれたフランス語会話の本を読んで練習したから大変だったのを思い出した。ポーランド語?ワルシャワだけで次ぎに抜けるつもりなのでロシア語の会話集をどこかで手に入れようと思う。ピロシキ!
 リヨンで会ったチュナが良いと言っていたリガにも寄れるだろうかと思った。

ベルリンの壁は、ベルリンの壁よりも高い壁で覆われて保存されていた。
むき出して展示されてる所もある。
ただ線が引かれていただけの場所もあるらしい。でもその線をまたぐと撃たれる。

 Juanと Marianがベルリンを去る日にまた会った。彼らは、西を南下してスペインからアルゼンチンに行くらしい。郊外のバーで飲んだ。メルロとソービニョンを頼んで飲み比べたが違いが分からなかった。たくさん話した。
 
 帰り道バスを待っていると、バス停にある店の人がコーヒーとパンをくれた。ぼくが外国人だからなのか、それとももともとそういう人たちだからなのか分からないが、そういうことが海外ではよくある。

ベルリン郊外の森に行った。駅の出口がもう森の中だった。2、3時間歩くと知らない町に出た。見たことない小さい路面電車が走った。おもしろいのでその線路沿いにあるいた。小一時間歩くとまた森に来た。その電車は森の中を進んだ。とても美しかった。

ポツダムの公園を散歩した。帰り駅の近くのケバブがとてもおいしいかった。リヨンのトルコ人が遊びにくるケバブ屋もうまいかったなあ。5ユーロは高いけど。

 西ヨウロパはケバブとワインとビールの旅行だった。何軒のギャラリーをまわったか数えていないが、契約できたのはパリの一件だけだった。これからは東に行くので、もう楽しむだけにすると決心した。ことわられると少し凹むし、凹むとせっかくの旅行を楽しめなくもなる。ここまでのギャラリーを振り返ってみる。アムステルダム、アントワープ、パリ、ベルリンのギャラリーの人たちは感じが良かった。ちゃんと見てくれたし話もできた。リヨンはおしかったな。バルセロナは相手にされない。ウィーンはギャラリイーが少ない。

 そしてワルシャワ行きの切符を買った。
気になる塔が、気になるまま去るのはいやなので、駅で人に聞いてみた。あれは水をきれいにする塔らしい。なーんだ。

2009年3月19日木曜日

錯覚しやすいこと

ぼくは頼まれて描くのじゃないなら、描きたい時に描きます。

描きたいけど何を描いていいかわからないときは、描きたいという気持ちを持ちたいだけなので本当の描きたい気持ちとは違います。描きたい錯覚です。
だから、そういうときも描きません。

もしそのままずーっと描かないのだとしても、それでいいのです。
才能がなかったというだけのことです。

他のあそびをして時間つぶせばよい。

描きたい気持ちは才能だけれども、描きたいきもちになりたい気持ちは才能ではなくただのあこがれだと思っています。
よく聞く話しです。
ぼくもそういうときあります。

そういうときに、描くことをやるべきことのように感じています。
だれと約束した訳でもないのに。

描く気持ちになりたい気持ちと、描きたい気持ちの違いがここにでます。
もちろん絵にもでる。
ぼくもそうだったので、そういう人を見るとはやく気付けばいいのにと思う。

あるいは、描いて見返りを得たい気持ちがあれば、見返りを得やすい作画をできるならすればいい。
できないなら、それは学ぶことが出来る。
でも描きたい気持ちにさせてくれる人を見つけたら絶対に逃がしてはいけない。



During a period when I don't have any order, I do painting when I want to do painting.

When I want to do painting but don't know what I should do painting of, I want to want to do painting. It's error of sense.
So, I don't paint with such a feeling.

Even if I don't paint forever, it's no problem.
It mean that I don't have talents on it any more.

To want to paint is talent exactly. But to want to want to paint is not a talent but just longing for talent.
Such a story is often told to me.
But sometimes I am like that.

During that, even though I don't have orders, I feel I should do painting of something.

That is a difference between "to want to paint" and "to want to want to paint".
It influence works.
I hope one who is in such a thing will get aware about it. Because I've been in same thing.

If you want to get returns for painting, and if you are able to paint for getting returns, then you do so, and else you can learn it.
However if you find out one who make you want to paint, don't lose him.


2009年3月17日火曜日

好き嫌い

精神の深さが苦悩の深さだとしたら、ぼくはぼくの作品に深さは求めない。
ぼくは苦悩などは、なくてすむのなら無い方がいいと思ってる。以前のぼくは違った。

若い頃ぼくは作品に深みが欲しかった。
それには苦悩が必要なのだと知ってかしらずかぼくは自ら苦悩した。
義務を感じていた。

自分にはやるべきことがあり、それに向かって進み、困難に立ち向かい、苦悩している。そんな自分が好きだった。
苦悩のない人間はやるべきことのない堕落した人間であった。つまりぼく以外の人間はバカに見えた。
それらはすべて幻想であった。

あるとき気がついた。
やるべきことなんて何一つ無い、ぼくは自由だ、ということに気がついてしまった。
それまでも、それを諭そうとしてくれた人が何人かいた。
でも、それまでのぼくは、認めたくなかった。
あるのは、やるべきことではなくて、やりたいことだけだった。
限られた選択肢ではあるが、その中でやりたいことをやっているという点で人間はみんな同じだった。
堕落しているように見える人でも、素晴らしい人でも、各自選んでそうしている訳でその点で差はない。
つまり堕落でも、すばらしくもない。

急に世界が真っ平らになった。
ぼくは、どこに進みたいのだろう。
ぼくはどんな自分を選ぶのだろう。
平らな世界には、好き嫌いしか残っていない。