閖上から仙台にもどってぶらぶらした。公園でたっぷり昼寝した。
カフェサマルカンドという店でカレーとビールを頼んだ。ビールは200円だった。
メディアテークというギャラリー的なものが集まった施設での展示は老人たちの書いた字しかなかった。哲学カフェの案内も過去の日付のものだった。
火星の庭というブックカフェでビールを飲んだ。それから国分町でカプセルホテルを探して寝た。
夜起きて国分町を散歩した。おっかなかった。ちょっと離れた場所で居酒屋に入った。お通しはソラマメ焼きだった。隣に座っている金髪の人と話した。かれは大地震の時右手で熱帯魚の水槽を押さえて左手でFAXを押さえたらしい。国分町の安い遊び方をおしえてもらった。二千円で一時間飲み放題のガールズバーがいくつかあるらしい。でもぼくは行かなかった。カプセルホテルに泊まるのは初めてだったけど快適だった。一日くらいなら野宿するよりいい。
次の日SARPというギャラリーに行った。Sendai Artist-Run Place の略のようだ。林さんという木の彫刻家が展示をしていて、いろんな話しをしてくれた。このギャラリーなら借りて展示を出来そうだと思った。おしゃれすぎなくて、発表するギャラリーとしてちょうどいい。art room Enoma で学生たちの展示を見た。美術カフェに行った。無愛想な女が店員だった。
アーケードから汚い横町に入ったらいいかんじだった。いつか夜に来たい。
仙台駅で荷物を回収して電車で石巻に向かった。松島海岸で代行バスの待ち時間が40分あるのでラーメンたべた。店のおじちゃんはいい感じだけど口にあわなかった。
矢本駅で代行バスから仙石線の乗り換えがまた40分くらいあるので雨の中飲み屋を探したけどない。用意しといたビールと豆を膝テーブルに乗せて嗜んだ。キボリコキボリオノートの使い方の参考になるなと思った。
2014年4月4日金曜日
旅行の記録 仙台
旅行の記録 閖上
こないだ仙台、閖上、石巻を歩いた。
仙台駅前は、しかたのない事なんだろうけど日本中どこにでもあるつまらない感じだった。
美田園という駅まで電車で行って。あとは歩いた。
コンビニに寄ってうんちだした。
閖上は地形が入り組んでいて橋の向こう岸は全部立ち入り禁止だった。地面を3メートル高くする工事をしているらしい。住人と行政の話し合いをしていないらしい。
壊せない家は鳥の家になっていた。
川沿いを上流に向かって歩いた。仙台南駅についた
2014年3月26日水曜日
読書感想文 ジャコメッティ/矢内原伊作
矢内原伊作が書いた「ジャコメッティ」を途中まで読んだ。
ジャコメッティというのは19世紀の彫刻家で、おれは彼の作品が大好き。ドローイングもすばらしい。
で、彼がどんなだったかを知るのには良い本だけど、文体がだめだった。おれはこの文体で読み進めるのは苦痛だ。古い日本語の文章を読むのは情報に見合わない苦痛を伴うようだ。
2014年3月21日金曜日
火遊び
空き缶を切って中に鉄タワシ6グラム入れた。鉄タワシが熱くなって燃料のアルコールの気化を促そうと思ったから。しかしたぶん鉄タワシを暖める分の燃料ロスがあるようだ。
燃料の量はテキトウ。10分燃え続けて500mlの水は沸騰しなかった。音と火が美しかった。ちょうど飲めるくらいのお湯になった。
2014年3月20日木曜日
読書感想文 読書について/ショーペンハウアー
すっごい面白く始まって30ページくらい読み進むと同じことの繰り返しに飽きてしまった。著者がこの本の出だしで批判していることを31ページ目くらいからやっちゃってる。なので読む価値は無い。時間とお金を無駄にした。
2014年3月9日日曜日
きのう濃かった:ハチマクラ、The _ gallery、アートフェア東京、飯田知麻、ジョニーウォーカー、ペリカン時代、火星の庭、閖上
きのうの出来事が濃かったので記録しておく。
ハチマクラの店長宅の猫くんが鼻血をだしたので病院に連れて行くため店番デヴュー。
1039円分の商品をレジ打ちした。
きょりたの絵を見にThe _ gallery企画のグループ展に行った。
久しぶりにきょりたと話せた。おもしろい。
アートフェア東京に行った。
北川さんの作品と愛ちゃんのをみた。他におもしろいのがいくつかあった。でも会場の雰囲気は好きじゃなかった。
NANJO HOUSEに飯田知麻ちゃんの書を見に行った。閉める直前に滑り込んだ。そのままパーティに連れて行ってもらった。すごくいい雰囲気で楽しかった。たくさんの人としゃべった。英語べんきょしといてよかった。もっとしゃべれたい。そこで出会う人たちがいままで接した事ないような社会的地位の高さにも関わらず、すごくおもしろいのが意外だった。会場はぼくがバイトで窓を掃除しているホテルのホールだった。腕章をしないで客人として入ったのが不思議だった。ときどきこういう事が起こる。
興奮さめやらず高円寺のペリカン時代で飲みなおした。はやしくんたちと表現と発散とshowについて話した。魚雷さんと工藤さんが居て、おれは仙台と閖上に宿を得る事ができそうだ。閖上という町の話しを聞いた。津波の被害を直接受けた人に、正直な石巻の感想を言うのは始めてなのだが言ってみたら、意外と噛み合ったのでよかった。
それできのうパーティで会った人がキュレーションをした展示会のプライヴェートなんとかかんとかで舞踏ダンスがあるらしいので見に行ってみる。名刺をつくろうと思った。

2014年3月6日木曜日
つくることと発表すること 好みの問題
ぼくは物としての絵をつくりたい。
どこまでを自分でやるかという関心がある。画面をつくるところまでで、そのあとは他人に任せるのがイラストレイターや油絵の人。彼らは額を作らないし物としての絵を気にしない。油絵の画家はマチエールとか言って厚みを気にしているふりをするけれどそれも画面の上での事で、物としての絵にはまだなっていない。
彫刻家はその定義から既に物として作品を作っている。画家は気がつきにくいのか知っててやらないのか。展示する時に会場の壁や屋根等はなかなか作れないけれど、作家ならばそれ以外は作るほうがいい。発表する作家以外の作り手が関わらない方がいい。額や表具を作るのも画面を作った本人がやるべきだ。それが物としての作品をつくるということだ。中におさめる画面だけをつくるならイラストレイターでしかない。美術家という語がヒントになる。イラストレイターは美術家ではない。美術作品に他人が作った額や表具が含まれるはずがない。原稿としての絵は厚みを必要としない。つまり物である必要がない。つまりデータでいい。
ぼくが物としての絵をつくりたい、と言うのはそういうことだ。
コンセプト優先の現代美術ならあえて他者が作ったものを作品に入れることもあり得るだろう。しかしぼくの好みはそういうところにはない。コンセプト優先系アートよりも、物としての魅力あるものが好きだ。
音楽を含むアートのいいところは客観的な批評ができないところだ。好みの問題しかないから。