写真時代の先輩は、車の前の部分が顔に見えなくなったらおしまいだと言っていた。ヴィジュアルにかかわる仕事なので、そういうことは大事だな。 美しい景色とか、微妙な色の変化に気がつかなければつまり感覚が鈍ったということだから。墨絵だから色は関係無いと思うかもしれないけれど、じつは墨の色はけっこう幅があるんです。北国の人がいろんな白を見分けるのと同じで、墨フェチはいろんな墨色を見分けるのです。ぼくはまだまだですが。あと紙の色もだいぶ幅があります。
そんな絶妙な色に没頭していると、町の色がどぎつくてイヤになります。でも今日は雨なので美しいローコントラストでした。といってもぼくの墨絵は、相対的にハイコントラストだなー。
音楽の人はきっと、どんな時でも音を聞いてるんだろうな。風の音とか。
電車のガタンゴトン、。、。
それをタンゴトン、。、。ガ
て聞くとか。
きっとみんなそういう練習をしているのだなと思います。
感度を上げすぎると社会生活に支障をきたす事もありますよね。そんなときでも感度上げっぱなしでがんばってください。周りに迷惑をかける練習でごじゃりましゅるよ。
美術館とかでこれは優れた芸術品ですと紹介されて、ふーむすげーな、と、思えたら良いけれど思えなくても大丈夫です。自分だったらこう描くな、と常にそういう目で見ると練習になりますよね。きっとみんなそういう練習をしているのだなと思っています。練習というか意識さえしていないと思う。
筆は動物の毛なので、買ったばかりは動物園の匂いがします。クサイ。
でも使っていると、とっても良い匂いになる。きっと墨に入ってる白檀の匂いと、筆の毛の動物園の匂いが混ざって、なんともいえない中毒性のある匂いになるのですね。あと宣紙もなんだか独特の匂いがあります。買ったばかりの紙の包みを開けるともわっとこれも動物系の匂いぽいけれど、紙に動物性のものは入っていないはず。藁に動物の匂いが移っているのかな。
裸婦クロッキーは裸婦を描く練習じゃない。集中する練習だ。それは本番でもあるなとおもいまうす。
2006年11月19日日曜日
キボリオンヌ練習方法
釉薬を発明した人
シブヤ大学に行きました。焼き物の授業です。陶器と磁器の違いがやっと判りました。釉薬を発明した時はこんな感じだろうのエピソードがとってもおもしろく感じました。
だって、灰がかかってガラス質が出来てるという事に最初に気付いた人はすごいな。しかも灰を最初からかけてしまえばガラス質を好きなように作れると推測して実験した人はすばらしいです。
きっと周りの反対というか冷ややかな目もあった事でしょう。新しいものを作り出す人は常々そういうものなのでしょう。伝統の中から生まれる独創的にも新しい価値を見つけられる人はまず伝統を少なくとも知らないといけないなとおもいましたぼくは。しかも伝統を真似するだけでなくて理解することによる応用が出来る人だ。そして好奇心は失いたくないな。「見る前に飛べ」というのが出来る内はやった方がオモシロイな。致命傷を受けない程度にね。もしくは受ける覚悟で。
などと授業中に考えていました。
しかし、古伊万里の絵柄は中国の影響を受けすぎていて好きじゃないです。なぜゆえに見たことも無い虎を描いているのだろう。売れるから?もうそれは作品ではなくて商品として作るのだろうな。そこに創造の喜びはあるのだろうか。その精神性を思うと受け入れられない器たちでした。完全性を崇拝する西洋文化のようでした。(ああそうか実用品だからだな)。当時は優れたものだったのかもしれないけれど骨董的価値とか歴史的背景を抜きにしても優れた作品に触れたいですね。
でも講師の先生はとっても強いビームを出していて勉強になりました。またシブヤ大学のシステムも巧妙で、立ち上げた人物達はやりてだなと思います。ぼくは、作る側だと再認識できました。
2006年11月17日金曜日
なんで有るのかな?
すべての疑問は「なんで有るのか」に行きつくな、とおもいましたぼくは。
なんで有るの?
ふしぎだねー。
「なんで」と言う時、理由を求めている、または目的を求めている?または、原因を求めている?
世界一の物理学者が答えた
「理由?目的?そんなの知らないね。原因?もっと知らないねー。」
「時間が始まる前はどうなっていたんですか?」という文を読んだことがある。
特異点は特異だなとおもいましたぼくは。うそくさい。
言葉遊びは楽しいな。
「無から有は生まれるか?」とかアホか。ダジャレなのかな。
「無」ていう漢字を作った人はすごいな。もっと前の最初の「無」の意味を持つ字を作った人のことです。だって、きっとお偉い人に「何にもないという意味の字を作ってくれ」と頼まれた。うわー!ないを作る?ない事を意味する形を作る??
(・_・)?
形が有るのにその意味はない。いやいや意味がないんじゃなくて、ない事を意味しているのです。わははははは!!!
まあ、いいか。(・_・)ニャー。
ジョンアダムスの話しをしたら、二人くらいに「ロックは聴きません」と言われた。
アメリカ人の名前だとロックだと思うらしい。そのまま放置した。
誤解を放置するのは、よくない事かもしれないけれど、ぼくはよくそうする。だってめんどくさいし、ぼくを否定的な人に誤解をうけても気にならない。歴史は縄文時代までがおもしろくて、その後はつまらないなと思っていたらやはりそういう人もいるもんだ。
だって、弥生時代以降は、誰がどうした彼がこうしたとか、くだらない。あー、だんだん愚痴っぽくなってきたぞ。まあいいか。
風呂ワカシスギテ熱イネ。
お風呂のタイルの裂け目から、アンチ爽やかな風が。
イシバシ君!
2006年11月16日木曜日
山登りは好きですか
窓掃除の仕事をしているとよく山もやりますかと訊かれます。その質問を発する人は、山でロッククライミングをしますかという事を聞きたいのだと想像します。しないです。
山に行くのは大好きです。
山登りは好きですかときかれると、答えは好きではないです。だって、登るのはしかたなしに登るだけなので、登らなくても、眺めが良くて人がいなくて自然に囲まれる場所があればそこに行きたい。
狭い山ではなるべく登山道は歩かないようにしています。なぜならばつまらないから。だから踏み跡のついていない方へ行く。直感にしたがって、おもしろそうな方へ行くんです。そして、すさまじい崖をよじ登ったりするのは楽しい。未知の地形で、先に何があるか知らない。そして、大きな岩を避けて右に行くか左に避けるか。引き返すのはつまらないので、一回で登りきれるルートを推測するから、自分の能力を把握しないといけない。無理をして、戻るのはつまらないな。崖を降りるのも楽しい。そして、日が暮れる前に、テント場を見つけないといけない。テントが張れる広さの平らな場所を。だからテントは小さいほうが良い。テント場を見付けやすいから。そして、思いのほか、平らな場所は無い。平らだと思ってテント張って寝転がるとけっこう斜めだ。ほとんどの場合雄和ハイツよりも斜めだ。
そして日が暮れると獣の時間だ。人間は出歩かないほうがいい。焚き火をして。雪は平地を簡単に作らせてくれる。飲み水も。だから実は冬の山はらくちんだ。水を背負わなくてよいから。でも冬でも歩いてる時汗だくになるので、着替えが要るな。
夜、熊が来るので食料は遠くの木に吊るしておく。熊が怖い。鹿はかわいいけど地元の人にとっては迷惑な生き物らしい。
ごっちゃんと山の話しをしたから行きたくなった。
2006年11月15日水曜日
next blog
あれー。。
かんじにへんかんできないよー。。
おかしいな。
さいきんいろんなファイルをすてたからかな。だってフォトショやイラレをつかうのに、「かそうきおくようりょうがたりません」っていわれたからです。
それはそうと、いぜんの ブログをよんでみたら、すげーおもしろい!
ぼくの、ぶんしょうは、おもしろいなとおもいました。
ちなみに みぎうえ の[ next blog ]てところクリックすると、ブログスポットのどこかのブログにランダムにとびます。ブログスポットはグーグルがかんりしてるので、せかいじゅうのブロガーにランダムアクセスだよー。けっこうおもしろい。
2006年11月14日火曜日
甘らっきょう
甘らっきょうを食べた。
うまいでした。
甘らっきょうを食べた。
また、うまいでした。
甘らっきょうを食べた。
おおー! うまいでしたので、また甘らっきょうを食べた。
結論、
甘らっきょうはうまいです。
