2014年3月21日金曜日

火遊び

空き缶を切って中に鉄タワシ6グラム入れた。鉄タワシが熱くなって燃料のアルコールの気化を促そうと思ったから。しかしたぶん鉄タワシを暖める分の燃料ロスがあるようだ。
燃料の量はテキトウ。10分燃え続けて500mlの水は沸騰しなかった。音と火が美しかった。ちょうど飲めるくらいのお湯になった。

2014年3月20日木曜日

読書感想文 読書について/ショーペンハウアー

すっごい面白く始まって30ページくらい読み進むと同じことの繰り返しに飽きてしまった。著者がこの本の出だしで批判していることを31ページ目くらいからやっちゃってる。なので読む価値は無い。時間とお金を無駄にした。

2014年3月9日日曜日

きのう濃かった:ハチマクラ、The _ gallery、アートフェア東京、飯田知麻、ジョニーウォーカー、ペリカン時代、火星の庭、閖上

きのうの出来事が濃かったので記録しておく。

ハチマクラの店長宅の猫くんが鼻血をだしたので病院に連れて行くため店番デヴュー。
1039円分の商品をレジ打ちした。

きょりたの絵を見にThe _ gallery企画のグループ展に行った。
久しぶりにきょりたと話せた。おもしろい。

アートフェア東京に行った。
北川さんの作品と愛ちゃんのをみた。他におもしろいのがいくつかあった。でも会場の雰囲気は好きじゃなかった。

NANJO HOUSEに飯田知麻ちゃんの書を見に行った。閉める直前に滑り込んだ。そのままパーティに連れて行ってもらった。すごくいい雰囲気で楽しかった。たくさんの人としゃべった。英語べんきょしといてよかった。もっとしゃべれたい。そこで出会う人たちがいままで接した事ないような社会的地位の高さにも関わらず、すごくおもしろいのが意外だった。会場はぼくがバイトで窓を掃除しているホテルのホールだった。腕章をしないで客人として入ったのが不思議だった。ときどきこういう事が起こる。

興奮さめやらず高円寺のペリカン時代で飲みなおした。はやしくんたちと表現と発散とshowについて話した。魚雷さんと工藤さんが居て、おれは仙台と閖上に宿を得る事ができそうだ。閖上という町の話しを聞いた。津波の被害を直接受けた人に、正直な石巻の感想を言うのは始めてなのだが言ってみたら、意外と噛み合ったのでよかった。

それできのうパーティで会った人がキュレーションをした展示会のプライヴェートなんとかかんとかで舞踏ダンスがあるらしいので見に行ってみる。名刺をつくろうと思った。

2014年3月6日木曜日

つくることと発表すること 好みの問題

ぼくは物としての絵をつくりたい。

どこまでを自分でやるかという関心がある。画面をつくるところまでで、そのあとは他人に任せるのがイラストレイターや油絵の人。彼らは額を作らないし物としての絵を気にしない。油絵の画家はマチエールとか言って厚みを気にしているふりをするけれどそれも画面の上での事で、物としての絵にはまだなっていない。

彫刻家はその定義から既に物として作品を作っている。画家は気がつきにくいのか知っててやらないのか。展示する時に会場の壁や屋根等はなかなか作れないけれど、作家ならばそれ以外は作るほうがいい。発表する作家以外の作り手が関わらない方がいい。額や表具を作るのも画面を作った本人がやるべきだ。それが物としての作品をつくるということだ。中におさめる画面だけをつくるならイラストレイターでしかない。美術家という語がヒントになる。イラストレイターは美術家ではない。美術作品に他人が作った額や表具が含まれるはずがない。原稿としての絵は厚みを必要としない。つまり物である必要がない。つまりデータでいい。

ぼくが物としての絵をつくりたい、と言うのはそういうことだ。
コンセプト優先の現代美術ならあえて他者が作ったものを作品に入れることもあり得るだろう。しかしぼくの好みはそういうところにはない。コンセプト優先系アートよりも、物としての魅力あるものが好きだ。

音楽を含むアートのいいところは客観的な批評ができないところだ。好みの問題しかないから。

2014年3月5日水曜日

月替わり俺美術館⑫


高円寺にある、ハチマクラという紙屋さんで、毎月入れ替える一点のみの絵の展示をしています。
2014年3月分は、2012年に描いたある男の肖像です。

2014年3月1日土曜日

音楽を聴いた

最近ふたつ、いい音楽を聴いた。
友人のライブを見に行くとだいたいのばあい、その人を観た感が残るんだけど、この二つは違った。音楽を聴きにきたんだなって思った。イトウサチや五十嵐あさかの音楽を聴きに行くとよくある現象なのだけど、いつのまにかぜんぜん音楽と関係ない考え事をしていて、曲がおわったとたんにあれ?って気がついて、ああそうかおれは音楽を聴いてたのか、となる。不思議できもちがいい。

あさかさんの音楽は岩川光作曲のも含めて、成功した実験結果だった。成功しないかもしれない実験過程がフリージャズだとすれば、あさかさんの音楽は稀な成功例を集めて再構成した音楽だとおもった。ピアノのハンマーが戻る時の音や、椅子がきしむ音までも音楽だった。素晴らしい。そのあとのぶちゃんとゆきえさんとしまやんと焼き鳥を食べた。あさかさんは一年以上前にアルゼンチンに引っ越したので久しぶりだったけど、あさかさんと会ったという印象より音楽を聴いた感じが強かった。それで後日、高円寺で飲みに行ったときに久しぶりに会った感じがした。おれは次の日バイトなのであさかさんをペリカンに置いて帰ったのだがオグラさんたちと盛り上がったらしい。よかった。

さっちゃんたちは呼吸がゆっくりになる音楽だった。たぶん演奏している人がそうなんだとおもう。息してないのかもしれない。さっちゃんは客席の人としゃべったりしながらで、みんなリラックスして楽しかった。チューニングの音も音楽だった。すごく丁寧なタッチで音が美しい。あとさっちゃんの立ち方がいいなって始めて気がついた。そのあとオグミドまこっちゃんとその友人と安い居酒屋にいった。ハイボールが100円だったのでぼくとオグラさんはよろこんだ。ミドリさんとまこっちゃんは、さっちゃんと古い付き合いなのに音楽の良さに気がつくのがおとなになってからでごめんなさいと言った。おれはすぐに気がついたから見る目がある。

吉野章

こないだしまやんと一緒に、吉野家に絵の納品を兼ねてあそびにいった。ようこさんが食べるものを作ってくれてきんぴらがすごくうまかった。
絵をつくることの話しをした。

ぼくは最近、物としての絵、というキーワードを発明したので説明が早かった。
ぼくの知ってる限り、吉野章は昔から物としての絵を発表していた。でも彼の家の壁に描けてある油絵は物としての絵じゃなかった。そして、油絵の具を使う人はどうして物としての絵を発表しない人が多いのかをみんなで考えたりした。その中でいくつかの確認といくつかの発見があった。

何年も前からぼくの希望だったのだが、じつは一緒に発表する企画がまとまっている。夏前くらいに。