2013年6月24日月曜日

バイト

ぼくは窓掃除のおしごとをしているのだけど、けっこう人手不足で今の会社に一年半前に所属するなりあるひとつの現場の仕切り係りをおおせつかった。その現場も今回が最後で今は他の会社に引き継ぐために引き継ぎ先の会社の二人とぼくとぼくの所属する会社から女の人がひとり、という同じ四人で毎日窓を掃除している。会社として同業他社に仕事を引き継ぐわけでぼくは最初どういう関係性で他社のふたりと関わればいいのだろうかと心配だった。けれども一緒に働いてしまえば会社の運営の人たちのことなど関係なくぼくらはただの作業員なわけでちょっとづつ打ち解けてきた。使う道具の話しはこの業界どこにいってもぼくを含めてみんな大好きだ。なんか毎日いっしょに働いていてぼくはみんなに少し愛着がわいてきた。それにいっしょうけんめい前向きな気持ちで働ける環境ができてきているのがすごくうれしい。でもそれも今回でおしまいなんだけど、そういうこと関係無しに今やるべきことを前向きにとりくむのがぼくは好きでみんなもそうしてくれてすごくいい感じだ。ぼくが労働に求めるのはこういう雰囲気だ、と自分で気がついた。

2013年6月22日土曜日

靴の臭い消し

有名なのかもしれないけどすごく良かったからメモしとく。だれかの役にたつかもしれない。
靴の臭いを原因から無くすグランズレメディ

50gで2500円くらい。
おれのふだん履く靴2足と、週二回のボルダリングの靴と、ときどきしまこ(嫁)が勝手に使ってるぽいそれらに使っていちにか月たったけど減ってるようには見えないから一年くらいは持つのだろうか。

履くときに靴のなかに粉末状のグランズレメディをまいて7回そうすると臭いが無くなるらしいけど、3回目でなくなった。その後はおまじないのようにたまに振りかけてる。クライミングシューズは素足で履くので、毎回ふりかけてる。
使いはじめの頃は、靴下もきれいにしないといけないのかと思ってたけど洗濯板をまだ買っていないから靴下は普通に洗濯機で洗うだけになっているし、足指のあいだとか足ぜんたいに手で伸ばしたりもしたけど今はやっていない。それでも効いてる。

これをみんなが使うようになったら丸ノ内線の臭いもましになるだろうか。地下鉄のおっさん臭はおっさんたちがお風呂に入っていないからなのだろうか。髪の毛用のグランズレメディを電車に乗る前に髪にまくのを義務化するといいのだろうか。ぼくもおっさん臭だろうか。ぽえーっ!て思われてるだろうか。

ボルダリングの時は白いチョークを使って靴もチョークまみれになるので、足が白くても気にならない。
ふだんの靴はもうにおわないので座敷にあがることがわかっているときは靴の中にまかないで足に直接つけてから靴下をはくと良いです。

2013年6月2日日曜日

ボルダリングした

荻窪のジムに行った。スラブの6級のぼれないのがあった。あとの6級は全部登れたけど一回目で登れないのもあった。
5級は前回登れなかった課題をいくつか登れた。5級はまだ一回目では登れない。何回かやって登れたりする。途中からやってみたり。スタートからゴールまで続けて登るのはまだむずかしい。

ヒールフックの使い方が少しわかってきた。効かなそうな角度でもあるのとないので腕の消耗がぜんぜん違う。あと重心移動の遠心力のままにいくつかのホールドを移動したほうがいい時がある。ゆっくりだと消耗が激しかったり、そもそも届かなかったりする。それは一手だけじゃなくて連続することがある。2階の10aの長いのをやっと全部できた。踵を使って角を超える12手目と13手目のあたりが難しかった。江戸川橋のジムでは10cくらい登れたので課題の難易度はジムによって違うし、課題のタイプで得手不得手がはっきりするようだった。ぼくはスラブがすごく苦手だ。

スラブでは靴の摩擦力を信用しないと体を壁に近づけることができない。滑ったときに痛そうだから体を壁から離してしまうと重心が軸の外側になって剥がされてしまう。スラブは足も手もホールドが小さい。でも筋肉があんまり要らないのでバランスがおもしろい。手が疲れてきたらスラブをやって足と重心の感覚をたのしむことにした。つまりジムの遊び方がわかってきた。

そういえばボルダリングの初心者向けのレッスン映像みたいので、腕をのばしたほうがいいっていうのを日本語の映像だとよく見かけるんだけど、あれは嘘だ。それは状況による。しっかりもてるホールドで休むときはのばした方がいいけど、体を壁に寄せないとよけいに握力を消耗する状況もたくさんある。

ジムに行った回数を数えると6、7回は行ったかな。ぼくは最初に行ったときに江戸川橋のジムで10cに登れるのがあって、連れて行ってくれたえびすさんが驚いたらしいんだけど、その後10cは登れなくなって、こないだまた登れた。この変化の流れはたぶん最初は筋肉でがむしゃらに登ってなんとかなったけど、その後youtubeとかで知識を得るととにかく登るということよりも技術に興味がいった。それで、登れそうでも効率が悪いと登らない、動きを研究したい、という気もちになった結果登れなくなったんだと思う。そして何回か自分の体と知識の擦り合わせの意味で納得できる課題がちょうど荻窪ジムの5級くらいだったんだとおもう。

2時間くらいジムにいると、手指の真ん中あたりが痛くなるのでテープを巻いてまだ遊ぶんだけど、テープを巻くと5級登れないのがでてくる。それはテープの摩擦力がないせいなのか腕がそもそも疲れてきてるからなのかわからない。

クライミングに関する記事で、本当にうまくなりたいのか趣味でやりたいのかっていう話しがあって、趣味でやりたいだけなら上達なんか気にしないで遊べばいいし本当にうまくなりたいなら研究しないといけない、というような事が書いてあるのを読んだことがあるんだけど、ぼくは上達することに興味がないならそれは趣味じゃないと思う。趣味ってそういうんじゃないと思う。いろいろ研究したり練習してなにか達成感がないと趣味にならないと思う。ぼくは描く事が趣味だけど、趣味という言葉をそういうふうに捉える人がいるなんて初めて知った。もしかしたらぼくの絵をそういうふうに見られたかもしれないとおもうけど、趣味という言葉をそのように捉える人に興味をもたれなくてもかまわないなと今おもった。ぼくが趣味という言葉に作った意味が他の多数の人と違うんだろうか。

次はたけうちさんも誘って行こうとおもった。はじめての人には何かを教えてあげれるかもしれない。

2013年5月31日金曜日

お金とは何か

お金はババだった。トランプで言うところの。
なんでかっていうと以下のようなストーリーによる。

こないだぼくがオグラさんと飲んだときに財布が空っぽで代金を借りたんだけど、そのときにぼくが手書きで「きぼりお銀行2000円券」をオグラさんに発行した。オグラさんはそれを二件目の店で使ってみた。ぼくはそれを横でみていて気がついた。

というわけなのです。

2013年5月28日火曜日

生きること

友達の何人かは自殺をしてるんだけど、最初のときにぼくはぼくが生きることはどういうことなのか考えた。ぼくは生き物を食って生きてる。食い物はすべて生き物だ。鶏や豚や牛、魚を殺し続けて生きてる。まあそれはいい。ぼくはぼくが生きるために他の生き物を殺してることに迷いはない。なんで自殺したのかはわからないしわかりたくない。ただぼくは自殺をほのめかしてかまってほしそうな人間が大嫌いだ。そういう人間にも何人か会ったことがあるがすぐに興味を失って関わりがなくなる。なにを書きたいのかわからない。

2013年5月16日木曜日

てちゅがく2

知り合いのなかから哲学的だなあと思う人をさそって哲学サミットしたり、雑談会などしてるんだけど、それは結局ぼくの哲学を手伝ってもらってるなあと思った。

それで気がついたこといくつかある。つまりcloud上にメモしたい。webじゃなくてcloudっていう方がなんかそれっぽい。

ひとりだけ名前を出しちゃうと浅地くんがぼくの哲学の先生。それは7年くらい前。いっしょにバイトしながら言語ゲームを、これでもかっていうくらい噛み砕いて教えてもらった。

彼は論理の人だと思った。ぼくは、ぼく自身もそうだと思ってた。

ぼくが哲学を分類していいなら、今のところ3つにわけたい。

1.エピソード系(身の上話)
2.教訓系
3.論理系

で、自分がどの哲学系にどんなバランスで属してるかは変わっていくものだときのう知った。

ぼくは浅地の影響が強くて、しかも今永井均のウィトゲンシュタイン入門をゆっくりゆっくり読んでる途中だからだとおもうのだが、どうやら論理系100%だった。最近まで。 でも前回の哲学サミット(ぼくが知人に集まってもらった)で、ぼくはぼくの論理の限界を見た。論理でこれより先に進むのは後回しにしようと思った。「同じことを違う言葉で言ってる」という発言が大きなヒントだった。

(その時のぼくの論理的な興味は言語と言葉と認識と世界とかそのへんだった)

登ったら梯子は捨ててしまえと永井均やウィトゲンシュタインが言ったことを思い出したが、はたしてぼくは登ったのだろうか。2合目くらいで降りてしまったのかもしれない。そうだとしても自分の直感を信じるしかない。

ぼくはすぐに影響を受けるし、論理的に論じられるといつのまにか受け入れてる。
それで、「論理」自体もいつの間にか受け入れてたことに気がついた。
論理が何かはわかるけど、論理そのものを言うことはできない。違う。ほら言えない。それは、技術が足りないせいなのか本質的に言えないものなのか。

ところで、社会や人間の諸問題は、論理化した時点で瞬時に解決する。論理に理解や思考はいらない、処理するだけだ。論理化することが大変なんだ。

ぼくは次はエピソード系に触れてみたい。
ちょうどよいお誘いも来た。
たのしみだな。

2013年5月3日金曜日

壁のぼり

今年くらいから壁のぼりにはまった。
それはクライミングというやつだ。ぼくは室内に作られた壁しかのぼったことがない。まだ4回くらいしかやっていない。
自分でもなんでこんなにはまっているのかわからない。人がはまることの共通点は理屈がわかっているのにその通りにできにくいことにあると思う。ぼくが水泳、特にクロールにはまったときと同じだ。
きのう初めて自分の靴で登った。数ヶ月ぶりだった。前に登れたコースが登れなくなっていた。それは、毎回筋肉痛に悩まされた経験から体が自動的に制限してるのかとおもう。つまり筋肉じゃなくて技術で登らないと登れなくなったということだ。2回目に行った時は10bに登れてたんだが今回は5.9だった。ボルダリングだと7級だった。初心者としては妥当だと思う。

今回はざっきーにリードを教えてもらうことにした。手が疲れてくるとうまくクリップできない。ざっきーがよく踵を使うのはなぜかと思った。つま先で乗っても同じじゃないかと。そして踵(ヒール)を使う1手の課題を作ってもらってえびすさんと研究した。つま先で寄せるよりも踵で寄せた方が体を寄せれる。つまり、つま先から踵までの長さ分、体を寄せれることがわかった。ぼくは理屈が先にあってそれに動きを合わせていく方が好きなようだ。絵の描き方と逆だ。ぼくの生きるバランスの取り方の対角に絵と、クライミング等の体を使うことがあるのかもしれない。

人差し指と中指で持つよりも、薬指と中指の方が安定することに気がついた。たぶん指の長さが近いので加重の分散がうまくいくのだろうと思った。ざっきーはそんなこと考えたことなかったと言った。ぼくがじょうずになったら教えるのもじょうずにできそうだなと思った。クロールもたぶんおしえるのじょうずにできる。

というわけだが、きょうも筋肉痛がすごい。でも前回ほどじゃない。ざっきーはきょう外岩に行っているはずだ。うちの姉が外岩で10dくらいだと言ってたのの凄さがわかってきた。負けず嫌いなほうがうまくなりそうだなと思った。ぼくは負けず嫌いではない。

きょうはよく晴れてるので毛布を洗濯した。