不確定性原理と決定論の両立については、なにかの本で読んだのですが思い出せません。たしか以下のような内容の文でした。
のらぼう を たべ まし た 。
それ は マキシんち の はたけ で とれ まし た 。」
マキシ は ていねいな ことば を つかう の で おも しろ いで す :p@
? のらぼう は つちから はえるよ そして ぼくに たべられて しまうのに どうして はえて くる の ? ですか ?
『不確定性原理が発見された事により(それが決定論の破綻につながるわけではないのだが)、、。、』
という感じで括弧つきでさらっと出てきただけだったような気がします。もう少し探してみます。
はえて こない ければ たべられなくて すむのに ね !!!
(。人。)
ひとり占めしたいのだが、束縛されたくはない。
だが、●●が●●を●さずに、他の●と●てるかと思うと胸が締め付けられる思いがする。という事を●●●●と●ながら考えている。
でも はえて こない とき は ぼく が こまる です。だっておなかが すいて しまうまー。。
人は慣れてしまうのです。
だから、どんどんエスカレートするのですね。
ほどほどにしないといけません。
先端には、誰もいないから。
昼休みに皇居の周りでマイムマイムを踊っている実直なサラリーマンはなぜコンタクトにしないのか。
\(・_・)/月がくらげに刺された
という夢を見た。あるいは妄想か。
枕詞は「あたい」です。:
2007年4月10日火曜日
しまうま の ムニエル