2007年3月16日金曜日

GJ(ゲノム・ジョッキー)

進化論が正しいとすれば、首の長さがキリンと馬の間の動物がいない事はおかしいと云う理由で、その論を否定するのを見聞きしたことがあります。

でもぼくは、進化論が正しい事と、首の長さがキリンと馬の間の動物がいない事は、両立すると思う。

突然変異は必ずしも少しづつしか変化しないのかな。そんなことないような気がするから、それは両立すると思う。なんでそんなことないような気がするかというと、なんとなくです。可能性はあるのよね?無いの?知らない。教えてくれてもきっと理解できない。

「利己的な遺伝子」はとってもおもしろい。やばいです。
「哲学ファンタジー」とか「ミームマシンとしての私」以来の、ぼくのツボです。

以下最初の数十ページでの衝撃!
よくかんがえれば、あたりまえの事実だけれどもすごいことです。

受精卵はたった1つの細胞であり、1組の遺伝子しか持っていない。それが、最初2つになる。まったく同じ遺伝子のコピーだ。どちらがコピー元でどちらがコピー先の方か区別はない。そうやって受精卵は大人になった時に、減数分裂する。減数分裂は受精の準備だよ。遺伝子の数は半分になるんです。あとの半分は受精卵になるときに異性からの半分とくっ付いて1組の遺伝子になるんです。

ここまでは義務教育で習ったと思うけれども、ちょっと考えると次の事に気がつくわけですね。ぼくは、この本を読むまで気が付きませんでした。

その減数分裂の時に遺伝子の入っているDNAという鎖が切れるわけですけれども、遺伝子はDNAの中のほんの一部なのでほとんど切れることなく遺伝していくわけです。そのような小さい遺伝子の単位で考えると、その遺伝子は、なん世代間も生きつずける事になります!すげー。だって、分裂しても、どちらが元なのか関係無いから。

そう考えると、ぼくの中にある遺伝子とまったく同じ遺伝子が、さっき食べたラーメンの小麦粉、つまり麦にも入っている事だってあるんですね。

すべての生き物の遺伝子の構成単位は、A、G、C、T、と略される4種類の成分でできている。ぼくの遺伝子のGの部分は、あらゆる意味で、はなこ(象)の遺伝子のGの部分と同じらしい。同じ分子構造らしい。不思議だね。

不思議だ。

世界はうまく出来ているなと常々思っています。

そういえば、遺伝子組み替えって、ある意味ゲノム・ジョッキィだな。