2009年12月26日土曜日

旅行の記録 ラルガ(ウクライナ)

(2008年秋の旅行の記録です)

電車は、ものすごくゆっくりすすんだ。4人がけの木のベンチが向かい合わせてあった。反対側に一人用の椅子が付いてる。車両と車両の間は喫煙所のようだ。ぼくは、なにかわからない甘いおやつとピスタチオとビールを数本持ち込んで、のんびり車窓を眺めた。

カミヤネツポヂルスキから、次ぎはモルドバに行くことにした。イスタンブルに向かう事に決めた。中央アジアを抜けるのも考えたけど、なんかもう旅行の気力がなくなってきていた。そもそも、ぼくは旅行者じゃない。ニュウヨークに3ヶ月住んでみたかっただけなのだったのだから。それがいろいろあって、ウクライナのラルガという町(村?)についた。モルドバとの国境の町だ。
ラルガのルは舌をぶるぶるさせるルの音。ドイツ語のRの音にしないと通じなかった。ローマンアルファベットでの綴りはわからない。

駅からはバスが出ていて皆乗って行った。たぶんモルドバにいくのだろうと後で思った。
駅員に、宿を質問した。
例によって英語が通じないので世界共通語(身振り手振り)で質問した。

すると、駅長事務室的な所へ連れて行かれパスポートチェック。それから、小さい部屋でわけもわからずに数時間待つ。時計を持っていなかったので、1時間くらいだったかもしれない。ウクライナに入ってから、肝が据わったというか、もうどうでもいいというか、不安にはならないのが不思議だった。人に威圧感がない。

英語を話す人が来ていろいろ質問された。この人は少し威圧感がある。軍人?ぼくは早くここ(ウクライナ)を出るべきだということだった。宿はないと言っていた。ウクライナはどうして外人を置きたがらないのだろう。なにを見せたくないのか。移民をおそれているのか。北朝鮮やブータンやミャンマーもそうだ(行った事ないが)。

というわけで、タクシーを呼ばれた。10分で来ると言った。
40分後にタクシーは来た。
待っている間、駅長らしき人物があからさまに好奇心を向けてきて、たくさんはなした。にこにこしていたが、やはりぼくはおいだされることになる。まあいいか。

タクシーの男はひどく無愛想だった。モルドバの国境の手前でぼくをおろした。外人料金を払った。
歩いて国境を越えるのははじめてだった。